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酒とバラの日々

若い頃から非常に深い関係を築いていた筈のアルコールが私から去っていった。
50代半ばを過ぎた頃から、あれだけ強かった酒にすっかり弱くなり、
時に記憶をなくし、電車を乗り過ごす様になった。

思い切って2年半断酒をして、その後また飲み始めてみたものの、
今度は酒に弱くなっただけでなく酒のうまさがわからなくなっていた。
これは、私が酒をやめたのではなく、酒が私を見限ったのだ。

今、酒を飲まない人が増えているという。ネットでも、アルコールの害や、健康被害がこれでもかとばかりに書かれている。これも時代なのだろうか。

私の若い頃は、映画でも小説でもアルコールは大人を表現する小道具でもあった。レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」を読むとギムレットなる酒が飲みたくなり、007の映画を見るとジェームズ・ボンドの様にマティーニをステアではなくシェイクで飲みたくなる。テレビでニッカウヰスキーのCMを見るとオーソン・ウェルズがG&Gをうまそうに飲んでいる。

早く大人になり彼らの様に酒をたしなむ男になりたいと思ったものだ。

そして、酒が飲める様になってからの人生は、交友関係も広がり、アルコールのおかげで辛い思い出も楽しい思い出に上書きされることが多かった。

SNSやYouTubeで酒は毒物だの悪しき薬物だのと言われているのを目にするのは辛い。
身体に良い悪い、効果効能、そんなもので嗜好品を語ってはいけない。
酒がうまいと思う人は飲めばいいし、体質に合わない人は飲まなければいいだけなのだ。

今私はすっかり酒を飲まなくなったが、ひたすら飲み、親しい人と語り合った懐かしい日々を思い出すと、去って行った酒とバラの日々には感謝しかない。

酒とバラの日々は、遊んでいる子どもの様に、笑いながら走り去って行く。
(「酒とバラの日々」作曲:ヘンリー・マンシーニ 作詞:ジョニー・マーサー)


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