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モーニング新連載『リエゾン―こどものこころ診療所―』の〈画のお芝居〉のすごさをみんなにわかってほしい。

 先週から週刊コミック誌「モーニング」で、『リエゾン―こどものこころ診療所―』(漫画・ヨンチャン、原作・竹村優作)という連載が始まった。

どんな漫画?

 『リエゾン―こどものこころ診療所―』はサブタイトルが示す通り児童精神科を舞台とする作品で、曰く、「生きづらさを抱えた親と子に向き合う児童精神科医を描く――。」とのこと。意図をひとことで言い切れる作品や企画にハズレなしの個人的経験則から、すでに期待が持てる。

 全くの専門外の事なので、児童精神科の医療について語るべきものを私は持ち合わせていないのだが、冒頭の主人公・遠野志保の人物描写から一発で引き込まれてしまった。最初の1ページ目のテキストだけを抜き出してみると、

 時間がない時に限って些細なことが気になって仕方ない

 いつも何かに追われていて結局必ず一つはミスをする

どこかつい最近、私が見聞きした覚えのある特徴を持った人物が本作の主人公のようだが――前髪の長さにやたらと「こだわる」1コマ目もとても気になる――、さて、どこで見聞きをしたものやら…。

 遠野志保は大学病院で小児科の研修医をしているのだが、カンファレンスには大遅刻をする、誤って致死量の薬剤を処方しかけて薬局からの指摘を受けるなどのミスを重ねた結果、指導教授からは事実上の戦力外通告を受けてしまう。臨床研修も大学附属の病院で引き受けてもらえず、田舎の街はずれにある児童精神科で研修をスタートさせるのだが、そこでも指導医の佐山卓を相手に思い込みと早とちりによって歯止めの利かない行動でトラブルを起こす。そんな志保に佐山は「あなたは発達障害です」と告げるのであった。

 以上が第1話のあらすじなのだが、登場人物、主に主人公である志保の行動原理、人物特性を丁寧に積み上げつつ、次回へのつなぎとなる1話目の締めで作品のもう一つのテーマとなると思われる〈大人の発達障害〉〈職場での発達障害〉を大ゴマで提示する、実に素晴らしい構成である。これも私の経験則なのだが、第1話目の構成で作品の骨子を説明しきれている作品は、後々に大きなヒットになることが多い。

リアリティを可視化する「画の力」

 「漫画」のメディアとしての機能は、〈画〉によって、テキストでは想像しきれない部分を補うところにあると私は考えている。もう一歩進んで考えると、〈画〉が想像を掻き立てることで受け手の鑑賞がより深くなるという点にも重要な機能があって、これらが十全に発揮されているものを「良い作品」であるとするならば、『リエゾン』は今後非常に良い作品として読者に浸透していくのではないかと思っている。

 「発達障害」にかかわる書籍を読んだことがおありだろうか。私は、最近自分自身がその当事者であるという所見を下されたことによっていくつかの書籍を購入し、この障害について学んでいるところなのだが――だからこそ、初読1ページ目の段階で志保が発達障害であることにすぐに気が付いたのだけれども――、同時に発症した「うつ」の症状のせいもあるのだろうが、知識として理解はできるものの、心情的あるいは情緒的な面で今ひとつ内容が自分の中にしみこんでこない。本文の指し示すところに従って自身の子供のころから直近に至るまでのエピソードを振り返り、一つ一つを発達障害の特性に当てはめる作業をしてみて、なるほど自分は間違いなく発達障害の当事者であるということは理解できているのに、だ。

 ところが、『リエゾン』では、初読の段階で発達障害のありようであるとか、その特徴について実に自然に自分の中に取り込むことができた、別の言い方をすればそれぞれの描写が当事者である自分に「刺さった」のだ。これまで読んできた発達障害の書籍にも解説の挿絵が多く含まれるものがあったが、申し訳ないことにそれらが自分に「刺さる」ことはなかった。なぜだろうか。わたしはここに〈絵〉と〈画〉の違いがあると考えている。〈画〉は刺さるのである。だから、漫画の機能の源泉は〈画〉であると思うのだ。そして、『リエゾン』はその〈画〉の持つ力に非常に自覚的な作品であると私は思う。

 具体的にどういうことか。志保の発達障害のありようは冒頭1ページ目こそテキストで説明をされているものの、本編突入以降はすべてコマやセリフの展開、微細な描写によるいわば〈画のお芝居〉によって描かれている。中でも特徴的なのが志保の習癖(好ましくないクセ)と思われる、親指の爪の根元を人差し指の爪で血が出るほどにかきむしる描写の蓄積だ。この描写は薬剤の処方を誤って指導教授に叱責されるシーン、思い込みで佐山の前髪を引っ張ったことを謝罪するシーン、続く2話目では教授の叱責がフラッシュバックするシーン、佐山の診察を受けるシーンで繰り返し描写され、また会話のシークエンスの中で自傷の傷跡を意識的にアップで描くコマもあり、一種のモチーフの反復としても非常に効果的に使われている。細かいところだがこういう積み重ねが〈演出〉となって、〈絵〉に〈お芝居〉が付加されて〈画〉となることで、受け手に強く刺さる仕掛けとなっている。この仕掛けの妙において久々に続きが気になる、続きに期待したい漫画作品が登場したというのが今の私の一番の感想である。

今後の『リエゾン』への期待について。

 志保の発達障害に関するエピソードは、2話目でまずはひと段落となり、3話目以降はいよいよ本筋である児童精神科に関するエピソードに突入していきそうなのだが、今後もこのような丁寧な〈画〉作りが継続されれば、私としてはもしかしたら同誌の医療系先行作品である『ブラックジャックによろしく』『コウノドリ』のフォロワーになる可能性を『リエゾン』は秘めているのではないかと思っている。そして何より、発達障害の当事者としてこの障害のことを「わかってほしい」という私の中の欲求が本稿を執筆する一番の原動力になったのだが、同様に、児童精神科にかかわる当事者も同様に「わかってほしい」という願いを持っているのではないかと思っている。その願いが叶うことを私は期待してやまない。

 モーニングの連載陣にはこういった〈画の演出・お芝居〉に秀でた佳作が多く存在しており、週刊漫画雑誌としては特筆して読み応えのある雑誌だと思うので、ほかの作品も含め、是非改めて皆様にも読んでほしいと思うのである(同じ号に掲載されていた久世番子先生の読み切り作品「修羅場(ひらば)の人」も大変面白かった。今夏より『モーニング・ツー』にて連載開始予定とのこと)。


『リエゾン』第1話試し読み

モーニング公式HPから第1話が丸ごと試し読みできます。

https://morning.kodansha.co.jp/c/liaison.html

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