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本人訴訟で未払い残業代を請求する(51)-答弁書を詳解する3【申立ての理由に対する認否】

今回は、「答弁書」の「申立ての理由に対する認否」について述べたいと思います。これは、申立書の「申立ての理由」に対して、相手方が認否を明らかにするところです。

まず、私の労働審判手続申立書の「申立ての理由」をふり返ってみます(第16回note参照)。そこでは、

■「当事者」に関する主張 
■「所定労働時間、及び基礎賃金」に関する主張、
■「残業の実績」に関する主張、
■「未払い残業代の請求」に関する主張、
■「付加金の請求」に関する主張、

という、大まかには5つの主張がなされていました。

相手方は、この構成にしたがって認否を明らかにしていきます。前回のnoteでも述べましたが、パラグラフ毎ないし一文一文毎に、相手方が「認める」「否認ないし争う」「不知」のどれかを答弁するわけです。

まず「当事者」での「相手方」を定義する記述の認否については、ほとんどが「認める」となるでしょう。この部分は単に相手方の会社概要などを記述しているだけですから、争点になりようがありません。

一方で、「当事者」での「申立人」を定義する記述の認否については「否認ないし争う」が多少出てくると思います。この箇所には、入社日や離職日、休日、所定労働時間、休憩時間、有給休暇などが書かれています。このあたりは、基本的には、雇用契約書などの書証が添付されることもあって争点にはなりにくいと思います。ただ、30分や1時間といった短い時間単位でも、残業時間の長短や残業代の高低に影響を及ぼす事実については、あえて「否認ないし争う」とのスタンスを取ることがあるかもしれません。その場合でも、本気で争点にすると言うよりも、とりあえず否認しておくくらいの意味合いが強いのではないかと思います。

また、この箇所には他にも、「入社した」「離職した」など従業員(申立人)と会社(相手方)の関係性、さらには給与の額やその内訳などが記述されていると思いますが、そのあたりも書証が付けられるでしょうし、基本的には否認されることはあまりないのではないかと思います。

注意が必要なのは、第26回noteで説明しましたが、会社の従業員の立場でなければ割増賃金(残業代)は支給されないという点です。「入社した」「離職した」という申立人の主張について相手方が「否認ないし争う」ということであれば、それは申立人のことを従業員として認めていない、そもそも残業代を支払うべき対象として認めていないということですから、相当悪質なケースです。その対処については、やはり、第26回noteを参照願います。

さらに、「申立人」の箇所での申立人の業務内容に関する記述では、残業の発生や存在に連結するような事実についての表現や記述(例えば、「日頃から業務量が多かった」「取りまとめ的な仕事が多く、所定時間を超えて業務を行っていた」など)があれば、おそらく「否認ないし争う」または「不知」とされると思います。

ここで、主要事実間接事実について言及しておきましょう。例えば、「残業をした」というのが主要事実で、「日頃から業務時間内には終わらない程の業務量をこなしていた」というのが間接事実です。主要事実は要件事実(第31回note参照)と思ってよいでしょう。「当事者」での「申立人」の箇所においては申立人が主張する間接事実も相当記述されると思いますが、主要事実に連結しそうな間接事実は相手方によって「否認ないし争う」とされる場合が多くなると思います。なぜなら、間接事実が主要事実を補強するからです。

次の「所定労働時間、及び基礎賃金」について、申立書でのその内容は第19回noteの通りですが、これらの数字は雇用契約書に基づいているはずですので、基本的には相手方も「認める」となるはずです。

その一方で、残業代請求事件において争点となってくるのが、次の「残業の実績」「未払い残業代の請求」に関する申立人の主張です。これらについては、相手方は間違いなく「否認ないし争う」とした上で、『第3 相手方の主張』において相手方なりの主張を展開するはず。その際の相手方の典型的な反論や主張のパターン、及びその詳細解説のリンク先は次のとおりです。

0.「申立人は会社の従業員ではなかった」⇒第26回note
1.「申立人は管理監督者であった」⇒第27回note
2.「申立人には固定残業代制が適用されていた」⇒第29回note
3.「申立人には裁量労働制が適用されていた」⇒第28回note
4.「申立人の書証のタイムカードは信用できない」⇒第37回note

ここで、主位的主張予備的主張についても説明しておきます。先の0~4で言えば、0と1が主位的主張で、2と3と4が予備的主張です。これは二段構えの主張ないし三段構えの主張で、主位的主張が通らなかった時に備えて、予備的主張をしておくということ。

最も典型的と言ってよいパターンが1のケース。相手方が「申立人は管理監督者であった」と主位的に主張、もしそれが通らない(=「申立人は管理監督者ではなかった」と認められる)場合も想定して、「仮に申立人は管理監督者ではなかったとしても」として、2・3・4で残業時間を短くできる、よって残業代を少なくできる可能性があるわけです。法的に言えば管理監督者の範囲は相当狭いので、相手方としては二段構えでいくということ。私自身、このパターンを採用した答弁書を、相手方の代理人弁護士から受け取りました。

0のケースでは、相手方が「申立人は会社の従業員ではなかった」と主位的に主張、もしそれが通らない(=「申立人は会社の従業員であった」と認められる)場合も想定して、「仮に申立人は会社の従業員であったとしても」として、今度は予備的に1を主張。つまり、「申立人は管理監督者であった」と主張する。さらには、この主張も認められない時のことを想定して、2・3・4で残業時間を短くできる、よって残業代を少なくできる可能性がある。つまり、三段構えということです。

こんな屁理屈のような主張が労働審判や民事訴訟で本当に通用するのか、一般常識的にはどうかとも思いますが、確かに論理的な構成であることには間違いないようです。

さて、結構長くなってきましたので、続きは次回にしたいと思います。ここまでお読みいただきありがとうございました。

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。

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