ステプロジェクト
そんな簡単ではない
やることは無限にある
多くの自治体職員から「何からやった方が良いのか」「自分たちに何ができるのか」という相談を受けることがある。
これ以外にも「自分の部署には権限がない(事務分掌で対応できない)から」「うちのまちはやる気や経営資源がないから何もできない」「首長や議会ガー」と何もやらないオーラを出す人たちが多い。
本当にそうだろうか。まちに一歩出て見ればそのまちにしかない地域コンテンツがあり、オリジナリティ溢れたビジネスや行動をする地域プレーヤーに数多く出会うことができる。自分のまちのポテンシャルや課題もいくらでも見えてくるはずだ。
行政は政策を立案することも、条例・規則等で規制や誘導をすることも、強烈な与信を使って関係者をつなぐことも、国と組織として掛け合うことも、市民からいただく貴重な税金をまちに投資することもできる。これらは民間事業者や一市民では絶対にできない、行政にしかできないことである。
常にまちに向き合うことができる、プロとしてそのまちに関わり続けることができるのもそのまちの行政職員でしかない。
PPP入門講座や各種セミナー等で紹介してきたこと、これまでのnote、拙著「PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本」「実践!PPP/PFIを成功させる本」等で記してきたように、やろうと思えばできることは無限にある。「一つもできない」ことは誰にでも絶対にない。
全てがうまくいくわけではない
そうは言っても、行政(と取り巻く環境)は非合理的な社会なので、理(想)論どおりに何でもことが進むわけではないし、思わぬところで横槍が入ったり足を引っ張られたり、プロジェクトそのものが闇に葬り去られてしまうこともある。
こうした場面に遭遇したとき、「経験知がそれほどない」「マジメに正面からなんとかしようとしすぎる」「そのことに固執しすぎる」人・まちは非合理的な世界の渦に巻き込まれ、自分たちが疲弊しスタミナや様々な経営資源を喪失していく。何よりも心が内向きに閉じてしまい、「やらない方がいい」「やってもどうせ」とイジけてしまうことが何より怖い。
いくつかのプロジェクトがうまくいかない、想定外の方向に流れる、非合理的な力が働き排除するのが難しい、無理ゲーな与条件がハメられている。。。このような事態に陥ったら、それを「ステプロジェクト」とする覚悟・決断・行動もまち全体を見渡したときには有効な手段になる可能性がある。
ステプロジェクト
どうにもならない
公共資産に関連したプロジェクトはもちろんだが、行政が何らかの形で関わる事業(≠プロジェクト)を進めていくうえでは「どうにもならない」場合がある。
市民ワークショップで「どんな施設が欲しいですか?」と大風呂敷を広げて経営的な視点がないままに一部の市民「要望」が根拠となってしまった図書館等の建設。合併特例債や緊急保全事業に依存し、小さなまちにも関わらず100億円超の新庁舎の整備。地主との借地契約が切れる数年後までに解体を約束してしまった公民館。他の議案を通すために議会とのバーターで調達を約束されてしまった議長車(黒塗り高級車)。相続の関係で知らないうちに(有効期限の記載すらない形で)「地域貢献に使うこと」の条件付き寄付を受けてしまった使えない土地。いい加減な設計を承認して工事請負費の算定も杜撰な状態で、工期遅れや設計変更などが乱発している公共工事。
これらは自分が直接経験したものや関わった自治体で実際に課題になった案件の数々である。
公共施設マネジメントやPPP/PFIの世界でトップを走るあるまちでも、指定管理委託料だけで110百万円/年もキャッシュアウトしていたプールをクリエイティブに魔改造する荒技をやってみせる一方で、別の市民プールを建て替える事業(≠プロジェクト)が並行している。
このような先進的な自治体ですら「どうにもならない」事態に直面するのが行政としての非常に難しいところである。
どんなに頑張っていても、行政の全てのプロジェクトを100%の力でマネジメントしていくことは持てるリソース(マンパワー・ノウハウ・予算・情報・権限等)から考えて不可能である。そうしたなかで「必要悪」として「どうにもならない」案件が発生する。
これらの「どうにもならない」案件で更に厄介なのは、前任者の時代にいい加減な手続き・発想・口約束等で決めてしまっていたものを「あとよろしく!」と、運悪くそこに異動してきて尻拭いしなければならない状況に追い込まれることである。外部からも「お前がなんとかしろ!」とプレッシャーがかけられてくる。悪い場合には当の本人・原因者が当たり前のように攻撃側に回ることである。
マジメな公務員・まちはこのように「どうにもならない」案件を正常な状態まで引き戻そうとするが、それは至難の業であるどころか無理ゲーでしかないし、どれだけ労力をかけようが「時すでに遅し」の場合が多い。
非合理的な社会では「全てのことを100%の力で対応し、かつ100点の答えを出していくこと」はできない。「どうにもならない」ものはどうにもならないし、「落ちない」ものは落ちない。
「どうにもならない」ものは、なんとかしようとしても根本から覆すことは難しいし、それをすることで他のプロジェクトに支障をきたしたり、自分のポジションに影響が出て全体としてマイナスに触れることがあるので、ステ(≒捨て)プロジェクトとして割り切るしかない。
ステプロジェクトへの応急措置≠根本的な対応
では、実際にこのような場面に陥れられてしまったらどのように対応すれば良いのだろうか。過去の経験談や実際の自治体の事例から、下記のいくつかのパターンを考えてみた。
早く手離れさせる
まずは、「どうにもならない」なかでそこに投下するマンパワーや時間は無駄でしかないので、1秒でも早く「落ちるところに落として」手離れさせることが重要である。こうした「どうにもならない」案件は、時間をかければかけるほどいろんな人たちが勝手な意見を挟んできたり、無理ゲーの上に更なる条件を重ねてきたりするので、あらゆる手続きを迅速に行うとともに手戻りが発生しないよう段階ごとに必要な決裁を取っておく。
被害を小さくする
ステプロジェクトは、竣工即負債よりもタチが悪い「竣工前から負債」案件なので、いかにその被害を小さくするのかも重要である。
ステプロジェクトは関係者もそれほど(ポジティブな面での)熱意・スキル等を持っているわけではなく、何らかの思惑・感覚で「形ができていればいい」場合も多いので、イニシャル・ランニングコストをいかに落としていくか考えていく。
施設面積やグレードを最小限に絞りながら、リースやDBOなどの事業手法を考えつつ、もし可能性があるなら運営事業者選考決定型(EOI方式)なども選択肢になってくるだろう。
ここでもそれほど無理をする必要はないが、意匠重視・コスト無視・先鋭的な構造のチャレンジなどをしたがる設計コンペを行ったり、過剰な設備に頼ったZEB(←断熱性能をきちんと確保してシンプルな空調設備で脱炭素は意識することが重要)などに流れないようLCCベースでコントロールしていくことが求められる。
「捨てる」ことで得る
ステプロジェクトを実施することで、そこに関わった人たちの満足度を向上させて「本当にやるべきプロジェクト」の理解を深めて進めていくことも、綺麗ではないがバーターとして考えれば悪いことではない。
公務員時代には、あるプロジェクトの関連予算を議会で通すため、それまでカットしていた黒塗りの議長車の予算を計上することをバーターにして事業化を図ったこともある。
決して好ましい事例ではないが、前述のように「やることが無限にある」なかでかつ非合理的な社会を考えれば、バーターは避けられない選択肢である。
いかにうまくバーターを使って、一つでも多くの「やるべきこと」を実現していくのか、「捨てる」ことでそれ以上のものを得ていくのか、センスと覚悟・決断・行動が求められる。
爪痕ぐらいは残す
「どうにもならない」ステプロジェクト、例えば異動して担当者になったときには既に100億円以上の庁舎の基本計画が佳境を迎えていたとしよう。まだこの時点で事業手法が決まっていなければECI(※1)方式を導入することで工事と実施設計の親和性を高くしながら、設計意図伝達業務等のコストを削減したり、仮設計画を効率化するなどのこともできる。徳島市の危機管理センターではECIの工事予定業者を選定した段階で概算の工事費をベースに概算で工事契約を締結し、(工事請負契約における)議会リスクの回避、工事費の上振れ抑制、スケジュールの短縮化を図っている。
コンストラクションマネジメントを導入することで全体のマネジメントをしつつ、適正なVE/CD(※2)を図ることもできるだろう。
基本設計以降(のできれば維持管理運営に至るまでの経費)で先に債務負担を設定して事業全体にキャップをハメることも事業費の上振れを抑制していくためにはう有効な手段となりうる。
(※1、※2は下記リンク参照)
https://archi-book.com/news/detail/173
更にイニシャルコストの4〜5倍必要とされるLCC(Life Cycle Cost)をコントロールしつつ適正な管理を行うために庁舎の総合管理を入れたり、沼田市のようにその時点に合わせて学校・図書館なども合わせて公共施設全体の包括施設管理業務へ結びつけることもできるだろう。
(全面ガラス張りにしながらルーバーを設置したり、特殊で複雑なシステムを導入した全館一斉の空調設備など)イニシャルコスト無視の過剰な設備に依存したZEBではなく、外皮の徹底した断熱化や吹き抜け等を排したシンプルな構造・意匠へ誘導することで荷重や材料を削減してパッシブな形で脱炭素を図っていくこともできるだろう。
更に小さなことで言えば、自販機を(場所も事業者が提案するなどの形で)行政財産の貸付にすること、エレベーター・モニター・番号発券機・トイレ等に有料広告を設置することで歳入を確保したり、民間事業者と連携して個室授乳室を設置してホスピタリティを向上するなどもできるはずだ。
ステプロジェクトについて、完全に「捨てる」ことも選択肢だが、自治体経営に深刻な影響を与えたり、どこかに抗える要素のある要素のある事業であれば、このように少しでも「爪痕を残していく」ことも被害を小さくしたり、まちとしての経験知としたり、将来に向けてステプロジェクトを減らしていくためにやっていこう。
ステプロジェクトを減らす
川上から関与
ステプロジェクトはここまで説明してきたとおり、非合理的な行政の社会でゼロにはできない。ただし、あれもこれもステプロジェクト(orと同等レベル)になってしまっては、まちが衰退どころか壊滅してしまうので、前述のように被害を最小限に留めていくことと同時にステプロジェクトをできるだけ抑制していくことが求められる。
ある程度のところまで育ってしまったステプロジェクトは軌道修正が困難になってしまうので、まずは卵の段階からきちんとマネジメント・選別していくことが重要な要素となる。
そのためには、あらゆるプロジェクトの企画時点に公共施設マネジメントやPPP/PFIの総括部署がコミットしていくこと、ハンドリングできる体制・権限・仕組みを構築していくことが一つの手段となる。公務員時代には(将来的に発生するものも含めて)1,300千円以上の工事をする場合には、FM推進室の意見書を添付することを予算要求の条件とし、現場確認・関係者のヒアリング等を行いながら優先順位を設定していた。予算編成の参考資料としての位置付けとしていたが、実際には最後の市長・副市長査定までこの資料は活用され、ほぼこの優先順位に沿って予算がつけられていった。
この方式は総合計画に基づく実施計画でも応用され、ステプロジェクトの発生の予防に一定の効果があったものと考えられる。
また、なんらかの形でハコモノに関連する事業を行う場合は市長・副市長をはじめ主要な部長の計8名によるFM戦略会議に諮ることとし、そこで細かい議論はせず「やる・やらない」を決めていった。
行政は、「やる」と決めてしまったらそれがどんなにレベルが低い・やる前からうまくいかないことがわかっているものでも止めることは難しい。裏を返せば「やる」ことを決める前に対処すること、その意思決定プロセスにコミットしていくことが重要である。
「決まったことを受動的にやる」のではなく、自分たちが「主導的にまち全体のマネジメントに関与する」ことを忘れてはならない。忙しいから・自分たちには。。。等の言い訳をしているのではなく、自分たちのまちなんだから自分たちが積極的に関与する、それがプロとしての役割である。
政治との距離感
非合理的な社会である行政、特に地方公共団体は(国の議員内閣制と異なり)首長と議員を住民の直接選挙で選ぶ二元代表制を採用している。
2つの民意のなかで行政職員は、市長の補助機関としてまちのために動いていくことが求められている。(※拙著「PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本」でも記したとおり、職員のクライアントは市民ではなく首長)
職員は政治に直接関わることはないものの、政治を無視したり政治とかけ離れた政策を展開していくことは難しい。そして、政治の風向きは瞬間的に驚くほど簡単に変わるし、どのような方向に動くのか読めないことも多い。
首長にとって公共施設マネジメントやPPP/PFIが決して票を失う行為ではなく、自らのマニフェストで掲げた様々な政策を実現していくために有効であること、更にはこうした方法論を用いることでまちが元気になり、それが自らの政治生命に役に立っていくことを示していく必要がある。
そのためには、首長や議員との「情報の非対称性」をできるだけ生じさせないことが重要である。
職員研修に首長・議員も参加してもらったりすること、津山市・いわき市のように庁内報を作成して情報をビルトインしていくこと等、基礎的な情報を日常的に共有することは簡単にできるはずだ。
宮崎市におけるアドバイザー業務では2回に1度ぐらいの割合で案件協議の状況を市長・副市長へ報告するとともに、アドバイスや指示をいただく形をとっている。このことにより新たな案件が協議対象となったり、職員も政治的判断で後から方向性が逆になるリスクを激減することで安心してプロジェクトを構築していくことができるようになる。
「政治的判断」に職員が口を挟むことは政治家ではないのでできないが、合理的な政治的判断をしてもらうために適正な情報を提供すること、政治的ツールと自分たちがやるべきプロジェクトをリンクさせていくことはできるはずだ。
こうしたことと丁寧にかつ愚直に続けていくことでもステプロジェクトの発生をかなり抑制していくことができる。
外部要因を減らす
ステプロジェクトは「何のために」が弱いのと、「こうあったらいいな」「たぶんこうなるだろう」と経営的な視点やリアルな世界が見えていないなかで「誰か」が発案することが多い。(誰も発案しなければそもそもプロジェクトとして世に出てくることはあり得ない)
ステプロジェクトは、短絡的に首長や議員が「自分の票を獲得するために」細かいことは考えずマニフェストに掲げたり、既得権益や声のデカい市民などがなんらかの思惑を持って首長や議員に提言したりすることが起点となっている場合が多い。
それだけではあまりにも根拠が乏しいので、コンサルに基本構想を丸投げして「それらしい」報告書にまとめたり、(現場をやらない)お抱え学者を中心とした有識者委員会で(実際は異なるが)「第三者からお墨付き」をもらったり、お花畑の市民ワークショップで「みんなが望んでいる」こととしてしまう。
「何となく」でなんらかの思惑を持ってスタートしたステプロジェクトの予備軍は、こうした外部要因によっていつの間にか意思決定されていってしまう。
ということは、このような外部要因ができるだけ入らないようにプロジェクトの企画から全体のプロセスデザイン、そして誰とやっていくのかを決めていけば良い。
そのためにも、基本的なことであるが「ビジョンとコンテンツ」を行政が自ら考えていく、何のためにやるのか、なぜそうするのかを自分たちで徹底的に突き詰めていくことが重要である。そうした議論を蓄積していくことで、どこかの段階において(なんらかの横槍等で)ステプロジェクトに陥りそうになっても、きちんと合理的に説明したり、本筋からブレないようにすることができるはずだ。
まちとリンク
そもそもステプロジェクトはまちに不要な要素であって、なくても良いもの、悪い場合には存在すること自体がまち全体の機会損失につながったり、衰退を招くことすらある。「まちとリンクしていない」ことがステプロジェクトの大きな問題なので、発生を抑制するためには関係者が常にまちとリンクしていくことである。
自分のまちにはどのようなポテンシャルや課題があり、どんな地域コンテンツがあって、どのような人たちがどのような営みをしているのか、こうしたことが見えていればステプロジェクトをやろうとは思わなくなるはずだ。
ステプロジェクトは、非合理的な行政を取り巻く社会のなかでゼロにしていくことはできないが、その被害を最小限にとどめたり、発生をできるだけ抑制していくことはできるはずだ。
ステプロジェクトに関与した(させられた)、自分のまちでステプロジェクトが発生したからといって、「〇〇ガー」と言い訳したり諦めてしまうのではなく、ステプロジェクトから学んだり、なんらかの爪痕を残したり、そのステプロジェクトで発生したマイナス要素を上回るようなプロジェクトを構築していく、それこそがプロとしてやっていくべきことであるし、期待されていることだ。
お知らせ
公共FMフェス2024in福山
2023年8月に草加市で開催し、大好評をいただいた公共FMフェス。満を持して第2回を2024年1月17日に福山市で開催することになりました。
詳細は上記リンクで確認いただきたいと思いますが、今回もSlidoを活用しながら会場参加型の1vs1のトークバトルを3ブロックにわたって展開します。絶対に再現性のない・ここだけでしか聞けない・超リアルな場ですので、ぜひみなさんご参加をお願いします。
実践!PPP/PFIを成功させる本
2023年11月17日に2冊目の単著「実践!PPP/PFIを成功させる本」が出版されました。「実践に特化した内容・コラム形式・読み切れるボリューム」の書籍となっています。ぜひご購入ください。
出版記念企画の「レビュー書いて超特濃接触サービス」も絶賛実施中ですので、ぜひこちらにもご応募ください。
PPP/PFIに取り組むときに最初に読む本
2021年に発売した初の単著。2023年11月現在5刷となっており多くの方に読んでいただいています。「実践!PPP/PFIを成功させる本」と合わせて読んでいただくとより理解が深まります。
まちみらい案内
まちみらいでは現場重視・実践至上主義を掲げ自治体の公共施設マネジメント、PPP/PFI、自治体経営、まちづくりのサポートや民間事業者のプロジェクト構築支援などを行っています。
現在、2024年度業務の見積依頼受付中です。
投げ銭募集中
まちみらい公式note、世の中の流れに乗ってサブスク型や単発の有料化も選択肢となりますが、せっかく多くの方にご覧いただき、様々な反応もいただいてますので、無料をできる限り継続していきたいと思います。
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