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ハグの力

私たちのご近所さん

私たちが住んでいるのは、アメリカでは典型的な賃貸アパート。通りを挟んで、全部で6棟、1ベッドルームのタイプと2ベッドルームのタイプがあります。敷地内には小さいながらプールもあり、各ユニットに洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、ガスコンロ、オーブン、バスタブ、ベランダがもれなくついています。基本的に1年契約の賃貸ということもあり、出入りが多いのですが、私たちの極近隣には動きなし。

お隣さんは「昔は、このあたり、なーんにもなかったのよ」という、仲良し老ご夫婦。ふたりともリタイアしていて、毎朝のお出かけが日課。日曜日はハンバーガー、木曜日はお買物のように曜日ごとのルーティーンがあるそうです。

真下は、おばちゃん+時々子供たちが住んでいる様子。ご主人らしき姿は見たことがないので、シングルマザーでしょうかね。子供も3人くらいいるようにお見受けしますが、いつもいるということでもなさそう。うちの洗濯機が水漏れして迷惑をかけたときも「あなたたちの責任じゃないから」と嫌な顔ひとつせず、配達物や郵便物が誤配されれば、親切にドアまで届けてくれる、控えめながら誠実な印象を受ける人です。

そして、隣の下(老ご夫婦の真下)は、少々ミステリー。60代とお見受けする威勢のいいおばちゃんを軸に、なんだかいろいろな人が、なんだかたくさん住んでいる様子。最近よく見かけたのは、30代くらいの男性、小学生の男の子、中年の男性、お年を召された男性… 2ベッドルームとはいえ、大勢が住んでいる印象。詮索する気はさらさらありませんが、時として「どの人が何なんだろう?」という疑問が頭を過るのも正直なところ。でも、軸となっているおばちゃんは、買い物先でばったり会ったりすると、ニコニコと話しかけてくれたり、彼女が持病&コロナで救急搬送されたときには、たまたま居合わせた私に向って、苦しそうな顔で弱弱しく手を振ってくれたり、どことなく気にかけてもらっている様子。お隣さん曰く、家庭内喧嘩が勃発すると結構派手らしいですけどね(笑)。

ある日突然…

先週のこと。いつも通り、仕事から帰宅すると威勢のいいおばちゃんのユニットから、分解した家具らしきものが運び出されている様子。いつもとは違う、なんとも言いようがない雰囲気が漂っていました。「何だ、この感じ?」と思いつつ、2階の私たちのユニットへの階段を上がっていると、階段の隙間からドア前に出てきたおばちゃんと目が合いました。やっぱり何かが違う。いつも通り「Hi」と挨拶をして歩みを進めましたが、階段の隙間から「Hey…」と呼び止められました。立ち止まった私におばちゃんが言ったのは「My son just died. (私の息子が死んじゃったの)」。え?え~?この異様な感じはそういうこと…?とりあえず階段を下りて、彼女のそばへ。どう声をかけたらいいのか迷いながらも、私なりに言葉をつないでみましたが、感情移入していく心と並行して、私の頭の一部分が冷静に、そして必死にこの場の対処法について思考を巡らしている感覚がありました。そしてお互いに言葉につまった瞬間「これはハグだな」と思ったのです。おばちゃんに向って手を広げると、彼女はまるで待っていたかのように私の手の中へ。背中をさすりながら、ただただハグしました。その後「私にできることがあったら言ってね。ほら、すぐそこにいるんだから」ともう一度声をかけました。そんな私をじっと見つめるおばちゃん。「ん?これはもう1回ハグだな」と2度目のハグ。その後、自分のアパートへ帰った私でしたが、果たして自分が取った行動があれでよかったのだろうか、という不安が少々。速攻で旦那さんに状況を説明して意見を求めたところ「誰かに話を聞いてもらいたかったんだろうね。ヒーリング(癒し)過程の一端なんじゃないかな」とのこと。
ハグの選択も間違ってはいなかったようだ。

日本人はアメリカでハグを学ぶ

ハグの習慣がない日本で育った日本人は、アメリカに住むことで個人差はあれ、ハグを学ぶように思います。どのように学ぶかというと、一番はハグされること。ということで、私の印象に残るハグをいくつか紹介しますね。

何よりもハグ力を実感したのは、2年前に日本の父を亡くしたときです。世の中はパンデミック真っただ中。ソーシャルディスタンスが幅を利かせ、さすがのアメリカでも握手はもちろん、ハグする人の姿もめっきり見なかった頃のことでした。私の元ボスに留まらず、今でも個人的にお世話になっているKarenさんは、私の顔を見るや否や、通常のお客さんで賑わうベーカリー内で、迷いなくしっかりとハグしてくれました。心のどこかで彼女のハグを求めて会いに行ったような気もしますが、あのハグにはグッとくるものがありました。

同じく、今のベーカリーのグアテマラ人の現場ボスのおじさんのハグも心に残ります。同僚たちの目に入りづらい洗い場で話を聞いてくれて、その後、こちらもギューッとハグしてくれたっけ。泣けたな。

そんな過去のハグ経験があったからこそ、今回、威勢のいいおばちゃんをハグすることができたように思います。頭で冷静に「これはハグだな」と考えているところは、まだまだハグ初心者の証ですけどね。

アメリカ在住日本人同士のハグ

同じアメリカで暮らす日本人同士のハグにも独特のものがあります。

例えば、ここサクラメントエリアでの生活における、私の唯一の日本人の友達との場合。彼女はアメリカ生活20年超で、年齢も私の5歳上。アメリカ生活の頼れるお姉さん的な存在です。出会ってからというもの、定期的にヨガに行ったり、お散歩したり、お茶やランチをしたりしていますが、あれは会って2回目に初めてランチしたときだったでしょうか。前回と時間があいての再開だったのですが「お久しぶり~」と言いながらアメリカンなハグをされました。ハグで応じつつ、心の中で「おぉ、さすが、アメリカンだわ」なんて思っていたのが伝わったのでしょうか。それ以降、アメリカンなハグはしてくれなくなりました(笑)。でも、父が亡くなる直前に、不安でいっぱいだった私を優しくハグしてくれたのは彼女でした。

現在私が働いているアメリカの高級スーパー「Whole Foods」内の、お寿司コーナーで働いていた日本人のおじいちゃんとのハグも興味深いものがありました。おじいちゃんが引っ越しに伴い、お店を移動することになり、念願だったランチを決行。それまでは仕事の合間にちょこちょこっと立ち話をするのがやっとだったので、じっくりと話ができたのは、そのときが初めてでした。聞いてみれば、若かりし頃からアメリカに憧れ、チャンスを掴んで渡米。それ以来、アメリカ生活を続けているとのことでした。少なくとも40年には及ぶであろうアメリカ生活の割には、欧米化されていないというか、侍魂を持ち続ける、粋で素敵なおじいちゃんなんです。ちょっとおしゃれなカフェでランチをしながら、そろそろ帰りますか、みたいな雰囲気になったときに、おじいちゃんが言いました。「僕、ハグは勉強したんで、ハグできますよ。なんなら今ここで、マチコさんをハグすることだってできる!」。思わず笑ってしまいました。私の方がなんとなく照れてしまって、結局カフェを出て車まで一緒に歩いてもらい、最後の最後でのハグとなりました。アメリカっぽい力強いハグでした。そして何よりも、私と同じく「ハグを勉強した」という考え方をしていることが嬉しかったですね。

アメリカ人でもハグはいろいろ?!

ハグが挨拶の一部として定着しているアメリカでも、ハグは人それぞれのよう。今のご時世もあってか、相手の様子を伺ってからハグする人も増えた気がします。

ハグがを好んでする人のことを「Hugger」と言いますが、中華系アメリカ人2世の友達が、まさに「Hugger」。会うたびに、そしてバイバイのたびに「久しぶり~」「またね~」と言ってむぎゅーッとハグしてくれます。私より10歳近く年上&大柄な人ということもあってか、これがなんともあったかく、癒し効果抜群。

一方、日系アメリカ人2世の旦那さんは、ハグが苦手。「なんで~?アメリカ人でしょ?」と言うと「日本人の両親に育てられたんだから仕方ないでしょ?僕のお母さんがハグしてるのを見たことある?」と。義理の母は、アメリカ生活50年超にもかかわらず、日本人よりも日本人らしい大和撫子なのですが、そう言われると確かに自発的にハグしている姿は見たことがありません。孫たちからハグされているって感じなのですね。よって、まだハグに馴染み切っていない私とのハグはなし。お互いにハグに踏み出せないんですね。日本式(笑)。気持ちは伝わっているので、それでよし。

そんなわけで、自分からハグすることはまずしないうちの旦那さんですが、初めて会った時の彼のハグは忘れられません。その時は、彼がハグが苦手なんていうことすら知らなったのですが、ハグに馴染みのなかった私でさえ「なんだかぎこちないハグだな」と感じたものです(笑)。でも、ただただ素直で誠実なハグだった。だから今でも鮮明に覚えているのでしょうね。今では、強要しないとハグなんてしてくれない(笑)。それでも、ここぞというときには例によっての「ぎこちないハグ」が登場するので、彼も私と同じく「これはハグだな」と思っているクチなのでしょう。でも、効果は抜群。
とにかく素直で誠実ですからね。

時として、ハグは言葉より強し

アメリカと日本。文化の違いやコミュニケーションの違いがあるのは当然です。アメリカに長く住んでいくことになろうとも、日本人としてのアイデンティティは持ち続けたいものとは思いつつ、アメリカ式の見習うべきところは見習い、学ぶべきものは学び、自分なりのスタイルを構成していく柔軟さは常に持っていたいものです。そして、そのひとつがハグということ。自分自身が積極的なHuggerになることはちょっと考えられませんが、時として、言葉より多くを伝える「ハグ」って、なかなかいいものですヨ。


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