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食と韓国語・翻訳ノート6:구절판(九折坂)

1930년대에는 캐슈(cashew) 도료로 칠을 한 구절판 그릇이 대량 생산되었다.
1980年代には、カシュー塗料を塗った九折坂が大量生産された。
――『食卓の上の韓国史』

1994年の春、初めて韓国に行くことになり、当時、何も知らなかった僕は、とりあえず本屋で韓国文化や歴史の本を買い、何冊か読んで旅行の予習をした。その本のなかで、このクジョルパン(구절판/九折坂)の写真を見た。

なんという不思議な、幾何学的なかたちの食器なんだろうと思った。なにかややこしいルールのボードゲームとかできそうではないか。それに、本にはこの八角形に仕切られた枠は朝鮮八道をあらわし、まんなかが京畿道であるなどと、もっともらしいことが書いてあった。なんという理屈っぽい食い物だろう。朝鮮の王様はこんなもので食事したのか、粋な趣味だな。

だから、何かお土産でもというときに、なんとかこの九折坂を買えないものかと考えた。当時は大学生だから金もなかったけど、南大門市場の奥のほうのうす暗い食器屋に、手ごろな値段の、ピカピカ黒光りする九折坂があった。けっこうでかく、旅行の荷物に入れるにはいびつなかたちの土産を見て、通訳のお姉さんは、そんなもの何に使うの、といぶかしんだけど、なにしろ王様の使うものだから、記念すべき初訪韓の土産にふさわしいと、子供だった僕は思った。

持って帰ったまではいいけど、大学生の食事にこんなものを使う場面はないし、人にあげても迷惑がられそうだし、たしかに通訳の姉さんは正しかった。結局、消しゴムやらクリップやらホッチキスのしんなんかを入れる文具入れになり、にしても場所をとるので困っていたが、そのうちに黒光りする塗料はパリパリと剝がれ落ち、何度目かの引っ越しでついに燃えるゴミになった。

その後、何度も旅行に来て、とうとう20年も住むことになった韓国で、一度も食事の席に九折坂が出てきたことはない。韓定食でナムルを煎餅(チョンビョン)に包んで食べることはあったけど、それは九折坂ではなく、おしゃれな白い皿だった。秋夕の前など、デパートのギフト売り場で、韓菓の詰めこまれた九折坂を見かけるだけだった。というか、これほど観光のイメージ写真なんかにひんぱんに登場しながら、実際にはほとんどだれも使ってないんじゃないだろうか。たしかにデザインは奇抜だけど、中身は結局、ナムルとか乾物だし。鋭角のすみとか洗うのめんどくさそうだし。

(九折坂は)1930年代以降の文献、『朝鮮料理法』『朝鮮料理学』『李朝宮廷料理通考』などに記録されている。それ以前の文献には見られない。

王様はあんまり関係なかった。それにしても、奇抜な食器だと思う。それは初めて見たときの印象と変わらない。


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