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『サタデー・ナイト・フィーバー』にみる赤と青の表象

DOG = GOD  

黒板に書かれた日のことをよく覚えているのに、どういう文脈でだったかは忘れてしまった。

でも、『サタデー・ナイト・フィーバー』を観た時には、とにかくこの言葉が脳裏で蘇ったのだ。

労働者階級の貧しい家に生まれたトニーは、昼間はペンキ屋で働き、少ない賃金を稼ぐ毎日。
しかしダンスフロアでのトニーは、名実ともにキング(=神)だ。
踊っている時だけは普段は感じることのない万能感を感じることができる。それは、生きている実感そのものだっただろう。

トニーの兄、フランクは家族の期待を背負う神父だ。優秀なフランクを、トニーの母親は神のように崇めており、家族の食卓にはフランクの写真が飾られている。

「犬みたいに食べるな」などと、しばしば「犬」に形容されるトニーは、家族の中ではまるきり子供扱いされ、無力な存在として描かれている。

フランクが神父を辞めたことから、兄弟の価値の反転が起こる。辞めた理由を弟から尋ねられたフランクは、キリストがただの人に見えてしまったからだと答える。

ブルックリンとマンハッタンに架かる橋から墜落死したトニーの友人・ボビーは、恋人を妊娠させてしまったことに悩んでいる。中絶はキリスト教では罪に当たるが、まだ若い彼には結婚が現実的ではない。

ボビーはトニーを「長年の親友」と呼び、会う度にトニーに助けを求めるが、トニーは聞く耳を持たない。(ボビーはフランクに「神父さん」と呼び掛けては「フランクだ」と訂正されている。)
ボビーの本当の望みは、トニーが自分に心を寄せ、真剣に話を聞いてくれることだったのではないかという気がする。彼は神に赦しを請うように、トニーに助言を求める。ユダとキリストの関係にも似ている。(トニーの中には、どこか神的なものがたしかに混ざっている。)
だがトニーは、神ではなく、一人の人間だ。
トニーはダンスコンテストで優勝したものの、八百長だと腹を立てて店を去る。

ダンスフロアのロミオとジュリエット

トニーが、ダンスのうまい年上のキャリアウーマン・ステファニーと出会うことで、彼の人生が大きく変わっていく。

始めて行ったカフェでの会話にも出てくる『ロミオとジュリエット』が、この映画の大枠になっている。そもそもトニーの名前も、『ウエスト・サイド物語』の主人公から採ったと思われる。

トニーは、仕事の自慢話ばかりをする彼女のことを、面と向かって鼻持ちならないと言い切る。
これにはステファニー自身もスカッとしたのではないか。彼女も階級社会の欺瞞に気付いてはいるのだ。この会話を境に、二人の距離が縮まることになる。
この時、二人の背後には点滅する赤いネオンサインが見える。道路に書かれた456という文字が画面の下に映る。(ワン、ツー、スリーはもちろん、ダンスのカウントだ。)
トニーが好んで飲む酒が、7&7だったことを思い出す。

ステファニーは、仕事で知り合った男の住居だった三階建アパートに移り住む。トニーは彼女の引っ越しを手伝って、共にマンハッタンへと車で渡る。のちの場面で、この移動がステファニーにとっても文字通り”越境”であることがわかる。

ステファニーとトニーが荷物を運びこむために部屋に入ると、3階から先の住人であった男が降りてくる。彼女が送ってこないでと言った理由も、納得がいく。

手の届かない高みにいると思っていたステファニーは実力だけで今の地位に昇り詰めたわけでなく、付き合いのあった音楽関係の男(権力者)にパラサイトすることを手段にしていた。ステファニーの気取った言動は、マンハッタンへの劣等感の裏返しだった。

ステファニーは泣いてトニーに謝り、二人は一緒にブルックリン橋を眺める。もっと別の人生があるのではないかと空想しながら。

赤と青

赤と青が効果的に使われている作品は、知らないだけでたくさんあるんだろう。最近見た映画では、『ラストナイト・イン・ソーホー』が印象的だった。

映画中のハイライトであるダンスコンテストのシーンで、赤を基調としていたスポットライトは二人の顔に微かな青い光を落とす。

家の中の煉瓦壁(赤)を背にしたトニーを、ステファニーは階上へ導く。
トニーは家族と住んでいる家を出て、自立して生きていこうという思いを語る。不良仲間とも別れる決心をする。19歳。俺ならなんだってできるという言葉を信じずにはいられなくなる。
侮蔑、軽蔑、断絶の”赤”から希望の”青”へ。
2人は「7」への階段を昇る。対等な7&7へと。
友達になりましょう。と彼らは言う。
2人の背後で、開け放された窓は青く輝いている。
断絶は依然として存在している。
二人は今アパートの二階にいる。





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