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『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子/堀江敏幸 2024⑤

着膨れした身体で慣れない雪道を歩くと、寒かったはずなのに、いつのまにかじっとりと汗ばんでいる。マフラーと手袋を取り去り、ほうほうの体で帰宅する。
あらゆる交通の便が停止せざるを得なかった今週、忙しない日々がスローモーションに見える瞬間があった。この本を読んで、内面に"言葉の石を積み上げる"には、ちょうどいい時間の重さだ。

小川洋子の本は、大学時代にまとめてほとんど読み切ったきりで、堀江敏幸は高校時代に1冊だけ。その二人の共著は、男女の往復書簡という形で書き進められるのだが、一通目、二通目と交互に変わる書き手の、親和性の高さに驚いた。時々、どちらがどちらかわからなくなる。小川洋子をあれほど読んだ私には、これは小川洋子っぽい要素だな、とにやにやしながら読むのが楽しかったのだが、時々堀江敏幸のターンなのに小川洋子味が強く、成り代わって書いているのではないかと疑ったほどだ。それほど、この本に出てくる男女二人は似た魂を持っているのだともいえる。

湖、ボート、水、海、編み物、タイプライター、宇宙船…魅惑的な小道具が、連想のように出てくる。そこが私が小川洋子の文学を好きな理由の一つだ。その特徴は、今回も大いに発揮されていたにもかかわらず、堀江敏幸とあたかも実際に書簡を交わすように書き継がれていったというのが驚きだ。相手が書いた様々な要素を取り込みながら、次の1通を書いていき、最後には誰も予想しなかった模様が編み上がっている。偶然が必然になる…って一種の理想かもしれない。

二人がボートを漕いだ場所の一つ、不忍池の出てくる本が、読まれないまま本棚にある。偶然にしたがって、次の本を決める。

そして、堀江敏幸の本をもっと読みたい。

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