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消滅の消しゴム ~お題2つでショートショート その9~ 『消しゴム』『船』


 ――あれ?

 学校に到着し、鞄から教科書、ノート等を取り出そうとした時、俺はあるものがないことに気がついた。
 筆箱である。

 俺は慌てて鞄の中身をかき分けて筆箱を探す。
 だが、いくら探しても筆箱は見つからない。
 
 そうだ。俺が最後に筆箱を使ったのは宿題をした時だ。
 もしかすると、昨日宿題をした後、机の上に置きっぱなしにしてしまったのかもしてない…………っていうか絶対にそうだ。

 ――やっちまった……。

 しかし、こうなってしまったからには仕方がない。
 シャープペンシルは友達に貸してもらうことにしよう。
 ほとんどの人はシャープペンシルを複数本持っているはずだ。
 そのうちの一本くらいなら貸してもらえるだろう。
 だが……

 ――問題は消しゴムか……。

 シャープペンシルに関しては問題ないのだが、消しゴムとなると話は別だ。
 消しゴムはほとんどの人が一つしか持っていないため、貸してもらえない可能性が高いのである。

 俺はダメ元で周りのクラスメイトに貸してもらえないか聞いてみる。
「あの、今日筆箱を家に置いてきちゃって、良ければ文房具を貸してくれないかな?」
「別にいいよ。でも、シャーペンなら貸せるけど、消しゴムは一個しかないから貸せないんだ。ごめんね」
「いやいや、大丈夫だよ。ありがとう」
 シャープペンシルを受け取ってお礼を言うと、俺はその場を後にした。

 俺はその後も何度か消しゴムを貸してくれないかクラスメイトに頼んだが、やはり「シャープペンシルなら貸してあげられるが、消しゴムは無理だ」と断られてしまった。

 このまま頼んでいても恐らく消しゴムを借りることはできないだろう。
 仕方ない。ホームルームが始まるまでまだ少し時間がある。
 今からすぐに近くの店で買ってくれば間に合うだろう。

 
 俺はそう考え、急いで校外に出た。
 だが、どこの店で買えばよいのだろうか?
 勢い良く学校から飛び出したのは良いものの、消しゴムが何処の店で売っているかなんて俺には分からなかった。
 コンビニや百円ショップがあれば確実なのだが、生憎この学校に近くにそんなものはない。

「はぁ、どうしよう……」
 俺はため息を吐くが、そんなことをしていても仕方がない。
 ホームルームが始まるまで、もう時間がないのだ。
 取り敢えず、辺りに消しゴムを売っていそうな店がないか、手あたり次第に探してみよう。
 そう決めると、早速俺は店を探しに学校から走って行った。


 店探しを始めて五分経ったか経っていないかくらいだろうか。
 俺はなんとか文房具屋を発見することに成功した。
 パッと見では何屋か分からなかったが、よく見ると小さく「文房具屋」と書かれた看板が立てかけられていた。
 昔ながらの文房具屋のようで、何か独特な雰囲気のある店である。
 規模感は大体、昔の駄菓子屋と同じくらいだろう。
 他の文房具屋に比べると小規模な気がする。

 俺が文房具屋の中に入ると、店員が「いらっしゃい」と挨拶をしてきた。
 店員は一人のようで、年を取ったおじいさんだった。
 恐らく一人で経営しているのだろう。

 早速俺は消しゴムを買おうと辺りを見渡す。
 しかし、消しゴムは何処にも見当たらない。
 
「あの、消しゴムって何処にありますか?」
 時間が無かったので、俺は店員のおじいさんに場所を尋ねた。
「消しゴムぅ? えぇっと、それなら……」
 そう言っておじいさんはゆっくりと立ち上がり、俺のすぐ隣にある棚を指さした。
「あれじゃよ。そこの棚の上にあるじゃろ」

 俺はその棚の上に視線を移す。
「え? もしかしてあれですか?」
 そこにあったのは、車や飛行機、船などの形をした、色のついている消しゴムだった。
「そうじゃ」
「あの、もっと形が普通なのってありませんか?」
「ない。うちで売っとる消しゴムはそれで全部じゃ」

 ないのか……。普通の消しゴムを売っていない文房具屋なんてあるんだな……。
 まぁ、無いのならば仕方がない。
 消しゴムを持たずに授業に出るよりかはマシだ。
 そう思った私は一番手前にあった船の形をした消しゴムを手に取り、おじいさんに渡して言った。
「これください」
「これでいいんじゃな? それなら五十円じゃ」
「はい」
 俺はそう返事をして、財布からお金を取り出しておじいさんに代金を支払った。

 消しゴムを受け取ると、俺はスマートフォンで時刻を確認した。
 やばい。あと五分だ。急がなければホームルームに遅れてしまう。
 俺は急いで文房具屋を出ようとする。
 しかし、俺が扉に手をかけた瞬間、店員のおじいさんが声をかけてきた。
「そうそう。一つ言い忘れていたことがあったんじゃが、その消しゴムには特別な機能がついているんじゃ」
「特別な機能?」
 おじいさんは続ける。
「その消しゴム、船の形をしているじゃろ? その消しゴムで何かを消すと、世界中の船が全部消えるようになっているんじゃ」
「え? 今なんて言いました?」
「だから、その消しゴムで何かを消すと、世界中の船が全部消えるようになっているんじゃよ。車の形の消しゴムは車を、飛行機の形のものは飛行機を消すようになっているんじゃ」
「……ハハハ。面白い冗談を言いますね」
 最初は訳がわからずに訊き返してしまったが、よくよく考えてみればそんな消しゴムを作るのなんて、神様でもない限り不可能だ。
 恐らく、おじいさんなりの冗談なのだろう。
「いや、別に冗談じゃないんじゃが……」
 どうやらおじいさんはまだ冗談を言うのを続けるらしい。
 だが、いまの俺にはそんなのに付き合う余裕はない。
 早くしないと学校が始まってしまうのだ。
 テキトーに話を終わらせてこの店を出よう。
「またまたぁ。冗談がお上手ですね。それじゃあ、僕は急いでいるのでこれで失礼します」
 そうして俺は無理やり話を終わらせ、その文房具屋を後にした。


 その後、なんとか学校のホームルームに間に合った俺は、自分の席に着いた。
 ホームルームでの先生の話は退屈で、何もやることが無かった俺は「そうだ。消しゴムの消し心地を試してみよう」と思い、試しに何か文字を消してみることにした。
 船の形をしているから、少し消しづらそうではあるが、実際どうなのだろうか?
 俺は友達から借りたシャープペンシルでテキトーに文字を書き、それを先程買った消しゴムで消してみる。
 すると……

 なんだこれ!? めちゃくちゃ消しやすいんだけど!

 正直、あまり期待していなかったのだが、使ってみると消し心地抜群で、紙との摩擦はほぼ感じられなかった。
 俺があまりの消しやすさに感動していると、いつの間にかホームルームは終わっていた。


 しかし、その日の昼休みのことだ。
 俺は昼食を取り終わると、自分のスマホを開いた。
 昼休みになるとスマホでニュースを見るのが俺の日課なのである。
 えーっと、何か面白いニュースはないかな?
 俺はトップニュースの欄の一番上のニュースを見てみる。

 ――え?

 そこに書かれていたのは、俺にとって衝撃的な内容だった。

『世界中の船が一瞬にして消滅。船の乗組員の多くが死亡。政府の見解は』
 世界中の船が消滅って……まさか……。

 

 俺は無意識のうちに学校から飛び出して、あの店へと全速力で走っていた。
 ありえない……たかが消しゴム一つで世界中の船が無くなるわけがない!
 そうだ。今朝のおじいさんの言っていたことはあくまで冗談のはず。
 だが……もし本当のことなのだとしたら……。


 俺は今朝の文房具屋の前に辿り着くと、扉を開けて急いで中に入る。
 中に入ると店員のおじいさんがあいさつしてきた。
「いらっしゃい」
 俺は息を切らしながらもおじいさんに尋ねる。
「あの、今朝の話って本当だったんですか?」
「今朝ぁ? あぁ、おまえさん、よく見たら朝に消しゴムを買っていった坊主じゃないか。わしの話を冗談だって言って聞かなかったからこんなことになるんじゃ」
「ということは、今朝の話は本当……」
「あぁ、そうじゃ、現に世界中の船が無くなったってニュースが流れとるじゃろ」
「嘘だ! たかが消しゴム一つで世界中の船が消えるわけがない! そんなことが出来るはずがない!」
 俺は大声で叫ぶ。信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。
「そんな大声を出すでない。心臓に悪いじゃろ。そんなに信じられないならもう一つ、消しゴムを使ってみるか?」
「もう一つ?」
「そうじゃ。今朝も言ったじゃろ。船の他にもたくさんの種類の消しゴムがある。それを使って実験してみるんじゃ。……これを使ってみるかのぅ」
 そう言っておじいさんは俺に一つの消しゴムを差し出してきた。
 俺は消しゴムを受け取り、その形を見てみる。
 その消しゴムは、人の形をしていた。
「え……。まさか、これって」
「そうじゃ。人の形をした消しゴムじゃ。これを使うと、今度は世界中の人間が消える。ほれ、使ってみぃ」
 俺は使うことが出来なかった。
 もしおじいさんの言うことが本当なのだとしたら、俺がこの消しゴムを使った途端、俺を含めた全人類がいなくなることになる。
 そう考えると、そうやすやすと使えるものではなかったのだ。
 
 俺が何も出来ずに固まっていると、おじいさんが話しかけてきた。
「どうした? 怖いのか?」
「そういうわけじゃ……」
「さっきまでは嘘だと言っていたのに、いざやるとなると出来ないのか? 勇気がないのぅ。最近の若者は」
「……分かったよ! やればいいんだろ? やれば」
 俺はもうやけくそになっていた。
 ここまできたらもう引き下がれない。
 やってやるしかない。
 よくよく考えてみれば、おじいさんも人間なのだ。これで人間が消えたら必然的におじいさんも消えることになる。
 自分が消えてしまうのに、俺に消しゴムを使うように仕向けるのは明らかにおかしい。
 つまり、おじいさんの話はやはり嘘である可能性が高い。
 きっと大丈夫だ。

 俺は手の震えを抑えて近くにあった紙に文字を書く。

 そして――人の形の消しゴムでその文字を……消した。



「……消えたようじゃのぅ。悪いな坊主、自分で作ったものを自分で消すのはわしのプライドが許さなかったんじゃ。失敗作の処理は完了した。さぁて、後処理を始めるとするかのぅ」

<了>

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