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小説|赤いバトン[改訂版]|第14話 土下座(語り:クミコ)

書店に着くと、奥の小部屋に通された。
「失礼します」と言って、室内に入った。
警察官と店員さんが立っており、店長らしき人と、2‐Dの生徒が丸椅子まるいすに腰掛けていた。
わたし、警察官、店長らしき人は、それぞれ名乗り合った。店長らしき人は、やはり店長だった。その間も生徒はうなだれた姿勢でちぢこまり、こちらを向くことすらできずにいた。
わたしが生徒に目をやると、
視線を感じた生徒は、下を向いたまま、
か細い声で「ごめんなさい、クミコ先生」と言った。
わたしはわざと黙っていた。

店長がテーブルの上の雑誌を指差した。
「先生、コレです」

エロ本だった。
すぐに理解できた。思春期の最も隠しておきたいデリケートなところ。万引きした商品がエロ本なんて、窃盗せっとうにプラスして恥の上塗うわぬり。そりゃ、保護者に通報されたくないだろう。ましてや保護者にエロ本万引きを謝罪させるなんて、すさまじい自責じせきねんと恥ずかしさに違いない。学校にもバレたくない。そりゃ、そうだろう。どうしてこのエロ本だったのか、問いめられるかも知れない。なので、ワラにもすがる思いで、このわたしに助けを求めた。
(大丈夫。任せろ! わたしが何とかしてやる!)

「先生、黙ってないで、なんかおっしゃってください」と店長。
「この生徒の氏名と住所、教えてくれませんか?」と警察官。
(よし、決めた!)
わたしは生徒に近づいて、
胸ぐらをつかんで「立て!」と言った。
力なく立ったが、視線を下に向けたままである。
「顔をこっち向けろ!」そう命令して、
わたしは左足を上げて、いていた健康サンダルを右手に握った。

バチーン!
小部屋に大きな音が響いた。
小部屋の空気が震えるほどの音だった。
つづいてわたしは、生徒を力尽ちからづくで引き倒し、
正座させて頭を床に押さえつけた。
わたしも隣で同じように土下座どげざした。
「誠に申し訳ありませんでした!」
「あとでもっと痛めつけておきます!」
「二度と万引きさせません! 誠に申し訳ありませんでした!」
何度も、何度も、繰り返した。

店長は「今回だけは先生にめんじて」と言って許してくださった。
警察官も「そういうことなら」と書店を出ていった。

わたしと生徒は、何度も、何度も、
「誠に申し訳ありませんでした」と頭を下げながら書店を出た。
すると警察官が外でわたしたちを待っていた。
呼び止められ、わたしは指を差されながらしかられた。
「先生、あなた、未成年に対する暴行の現行犯ですよ。分かってますか?」
わたしは「すいません」と言いながら両手を差し出した。
警察官は「やめなさい、冗談は!」と言って深いため息をついた。
「そして、キミ」
生徒に向かって「この先この先生に感謝しながら生きていきなさい」
そう言い残すと、小走りで帰っていった。

二人きりになると、
生徒は「迷惑をかけてすみませんでした」とわたしに謝った。
左頬ひだりほほには、健康サンダルのウラ底そのままの形が出来上がっていた。
「スっゴい、ミミズれ。ごめん、ああするしかなかった」
「はい」
「家にも、学校にも、黙っとくから、安心しやぁ」
「はい」
「その代わり、二学期からあんたのあだ名は、エロ本だからね」
「……え?」
「冗談だわ」
「はい、すみません。……で、あの、クミコ先生」
「なに?」
生徒はあらためてキヲツケをした。
そして身体からだを直角に折りながら、
「本当にありがとうございました」と言った。
言い終えると、生徒のお腹がグッギュオォーと鳴った。
「ウチ来る? そうめんしかないけど」
「そのれも冷やさんとかんし。……あんた自転車は?」
「ボクのケッタ、アレです」
「じゃあ、原付げんつきのあと、ついて来やぁ」

~ 第15話 二学期(語り:クミコ)に、つづく ~


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