温もりとリラックスのマリアージュ
我が家のキッチンは少し小さい。そこがいいところだ。体の大きい料理好きの夫が夕食の支度をしていると、私が食前のワインをちょっと注ぐにもスペースが足りなかったりするし、勉強の合間にお腹を空かせた子熊が谷に降りてきて、いや子供がキッチンにやってきておやつを漁っていたりすると、
「キッチンに人が多すぎるー!」
と夫が少しだけ嬉しそうに大きな声で不満を言う。いやしかし、つまみ食いを怒られながら背中と背中が軽くぶつかったりするのも悪くない。仕事から帰宅し、家族の温もりにほっとしながら、冷えた白ワインを一杯。お気に入りは清々しいソーヴィ二オン ブラン。程よく冷たい液体が喉を通りすぎ、仕事の興奮でほてった体と心を一気にクールダウンしてくれる。
平日は、私より帰宅の早い夫が料理当番。三人とも食いしん坊だから、夕食は毎日の楽しみ。定番はオーブンで焼いた肉か魚と野菜をたっぷり。例えば表面をカリッと焼き上げたチキンにはガーリックとレモンのソース、グリルして甘味が引き出された人参と芽キャベツには年代物のバルサミコをすこーし垂らして、なんて言う感じだ。視覚も嗅覚も味覚も美味しいものに夢中になって、昼間あった些細ななことなんかも吹っ飛んで、豊かな気持ちで赤ワインを一杯。私が好きなのは重すぎず軽すぎずいろんな食べ物を寛容に受け止めてくれるメルロー。気取らずに、デュラレックスのグラスに注ぐ。そそっかしい私はワイングラスを倒す心配もせずに心からリラックスしたいからだ。息子は昨日のラムとどっちが好きかとか、ワイン好きの夫は今日のソースとメルローはいいマリアージュ(ワインと食べ物との相性で何倍も美味しくなる組み合わせ。もともとはフランス語で結婚という意味だ)なんじゃないとか。みんなで美味しいねと言いながら。それから、学校のことや、今日あったちょっと面白い話や、週末のプランについてなんか話しながら。
私は、最近は仕事の愚痴はあんまりテーブルに乗せない。できるだけ言わない。せっかくの家族の夕食という楽しい時間を大事にしようと思うようになってきたから。
「家族で夕ご飯を食べる時間が1日で一番好き」
と食いしん坊の夫が言う。嬉しいなあと思う。夕食中や食事前後に喧嘩ばかりしていた頃もあったのだ。2年前に外資系の会社を突然クビになった私は再就職して、自分のことをいろいろ失敗したダメな人間だと感じるのを避けられなくて、ハッピーではなくて全てに対して怒っていて、ちょっとしたきっかけで怒りが爆発していたのだった。仕事が軌道に乗ったことが大きいけれど、仕事ごときに振り回されず、せっかく持っている家族の幸せを大切にしようと思うようになった。それは当たり前に手に入るものではないから。私の両親は仲が良いとは言えなかったし、仲のいいファミリーを得ることがどんなにラッキーか知っている。20年近くのの結婚生活で、それを作るには意志と努力も必要なことも学んだ。だから持っている温もりとリラックスを大切にしようと思う。’
夕食のお皿をみんなで片付けて、一緒にネットフリックスやプレミアリーグのサッカーを見ながら、赤ワインの続きを飲んだりダラダラとおつまみを食べたりする怠惰もたまらない。
でも、一番特別な3杯目のワインは、一度ベッドに入ってからすぐには寝付けない夜に起き出して、23時を回ってから少し狭いキッチンで飲むヴァンショー。それもフランス風のきちんとスパイスと煮込んだホットワインではなくて、飲み残しの赤ワインをレンジの“熱燗マーク“で温めて、シナモンパウダーを振りかけただけの簡単ホットワイン。小さなキッチンの小さなスツールに座って温かい赤い飲み物をすすりシナモンの香りを鼻腔いっぱいに吸い込んでいると、夜行性の熊が、いや15歳の息子が夜食を探しにキッチンにやってきて、もうひとつのスツールに座っておしゃべりを始める。
23時台は不思議な時間帯。私は1日の仕事を終えてビジネスマンの皮を脱ぎ、1日のママの役割もだいたい終えてママの皮もちょっと脇の方に掛けて、少し自由な気分でリラックスしている。息子は、学校の多少カッコつけてる子供同士の世界から少し離れ、おそらく素の息子に少し戻ってる。23時台のキッチンは、私のお説教も息子の口答えも一切ない少し友達みたいな時間。
二人とも少し小さいキッチンが好きだ。二人だけの秘密の部屋みたい。息子には、ホットジンジャーレモンなんかを作ってあげる。「ママ、大人になるって楽しいの」「楽しいよ。大人も子供もそれぞれ違う楽しさなんだよ。山を登る時みたいに。これから登る時はワクワクも不安もあるし、中腹まで登ったら達成感もまだまだたいへんと言う気持ちもあるし、山頂近くまで登れば広く遠くまで見渡せる景色の楽しみがあるよ。それぞれのライフステージで人生の景色も違うんだよ」
この子に、ファミリーとライフはいいものだということを、私の生活と生き方で見せようと思う。息子はまだお酒を飲まないが、まだ甘ったれの子供と、人生について考えている大人の共存する15歳。その心の温もりを感じながら飲む、温かいワイン。
私は、家族の温もりと共にリラックスして飲むワインを愛する。温もりとリラックスのマリアージュが、幸せだなあという美味を毎晩私にくれる。
#いい時間とお酒
#ワイン #マリアージュ #家族
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