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降って湧いたお役目2話【第1話 手芸店編】(2018年49歳)

その日、私は黒っぽいボタン購入に燃えていた。
個数はたったの1個だが、大好きな黒のガウチョパンツにつけ換えるものなので、気合の入り方が違う。

手芸店は、地元に2店舗。どちらもボタンの品揃えが豊富だ。
ただし、そのうちの1つは、3ヶ月でパート勤めを辞めてしまった過去がある小規模チェーン店。行きにくいこと甚だしい。
という訳で、自動的にもう一方のたまに立ち寄る「街の手芸屋さん」的お店に決定。駅前の若者向け商業施設を目指した。

商業施設は8階建てで、手芸店は1階の隅っこにある。
1階というと人が多くて賑やかそうだが、こちらの施設では全体的に人が少ない。何故なら、駅直通の2階の方が人の出入りが断然多いし、1階のフロア構成も、昔の商店街にあったであろうお店が多いからだ。
なので、イケイケな若者のお店が並ぶ他の階に比べ、どことなく落ち着いた雰囲気が漂っている。

そんな中で、群を抜いているのが手芸店の存在。どこよりもひっそりとしていて飾り気がなく、昭和ムードぷんぷん。今日も今日とて、別な意味で異彩を放ちつつ、マイペースに営業中であった。

で。実は、何より異彩なのが、ひとりお店番をされている「理系風眼鏡キラリンなおじさま(推定60代前半)」の存在だったりなんかする。
その手芸とは対極な「理知的で渋い佇まい」が、お店により一層独特な雰囲気を与えているのだ。

けれど、それも含めた感じがまた良い。なんとなく落ち着く。
だからこの日も、私は安心感を抱きながら店内へ。レジで何かを黙々と作業中のおじさまを横目に、奥の棚へスタスタと進んだのだった。

が!ズラリと重なり並ぶ大量の「見本つきの箱」を前に、テンションはMAXに。だって、黒だけでも予想以上の種類がある!
『おお、こりゃあ~選びがいがあるな!絶対にベストな1個を見つけたる!』
妙な情熱が再燃した私は、目をカッと見開き一気に集中モードへ。良さそうなものを数箱ずつ引き抜き、鏡の前で着用中の黒ガウチョパンツにとっかえひっかえ合わせ始めた。

そう、ボタンひとつで印象はだいぶ変わる。
服に対しボタンが目立つとカジュアル、目立たないとキレイ目といった感じに。
今回は、生地に同化するほどの“色味と質感”のものが欲しい。だが、その判断が結構難しい。
見本で良かれと思っても、実際に合わせると浮いたりするし、浮いてるけどそれはそれでOKな気もするし、そもそも比較対象の数が多すぎて目移りすること甚だしい。
結果、ああでもないこうでもないと、かなりの時間居座ることに……。

ただ、おじさまは至って放任接客。ご自身のタスクに全集中しておられるので、謎の客が謎に時間をかけていても、放っておいて下さる。
だから、こちらも存分に没頭出来たのだった(とってもありがたい)。

だがしかし、しばらくして、突如どこからか声が響いた。
「あっ!ちょっと上の階に両替に行って来るので、頼みます!!すぐ戻って来ますから!」
緊急事態を思わせるその語勢。ビックリした私は、反射的に顔を上げ、声のした方を見やった。
そしたら、お店を飛び出していったおじさまの後ろ姿が……。

『え!?何!?誰に言った!?』
急いでキョロキョロ見渡したものの、店内には私ひとり。
『ええっ!ちょちょちょちょ!頼みますって、何を?お店を!?』
常連でも何でもない私は、焦りまくった。おいおいおいおい、そんな大事なことなのに、アイコンタクトすらせずに行ってしまわれたよ!

……い、いやだが落ち着け。私とて、週3回×3ヶ月の手芸店店員キャリアがある。ならば、ここはひとつボタン選びを中断し、お店を見張ろうではないか。

箱に蓋をし、オープンな店内をボーッと見渡す。
未だ来客は無いが、時折通路を行き交う方々からの、いぶかし気な視線がちょっと痛い。
『うーん、まだかな~。すぐって言った割に遅いな~』
恐らく6~7分は経ったはずだが、更に待つ。そこへようやく、おじさまリターン。
「いやぁ~ありがとうございました!」
と、まっしぐらにレジに向かうそのお顔は、実に晴れ晴れしい表情である。
いや~よかったよかった……。

……って、いやいやそうじゃない!
私が何かやらかしていたらどうするつもりだったのか!?いつもこうやって、お客に頼んで危ない橋を渡っているのか!?それとも、私の手芸店店員の経験臭(しつこいが3カ月)を感じ取り、信用して下さったのだろうか……。
とにかく、思いっきりが良いというかなんというか……すごいお方だよ……!

そんなことを悶々と考えながら、私はボタン選びを再開した。
そして、やっとこさベストマッチなボタンを選出し、レジへ向かった。

お会計の際、おじさまはあらためてお礼を伝えて下さった。
それならばと、私はいまだ胸にはびこる様々な疑問を投げかけようとした。
しかし、おじさまの虚心坦懐なご様子を前に、何となく止めた。

すると、何故かおじさまが唐突に「このお店を始められた理由」を話し始められたので、その話題でひと通り会話を交わし、お店を後にしたのであった。



ここまでご覧くださいましてありがとうございました。
余談もあるのですが、長くなるため次回更新します。
良かったらそちらもご覧ください (/ω\)

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