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“棚ぼた”の女神たち(2015年46歳)

アクセサリー作りの活動をしていた頃、東急目黒線沿線駅の小さなお店で、1ヶ月間だけ委託販売をさせていただいたくことになった。

お店は駅を出てすぐだった。
街は昔ながらの住宅街で、コンパクトながら上品で落ち着いた雰囲気。
おしゃれタウンで名高い駅の隣にありながら、高層のビルが殆ど無くて、その代わりに昭和的な味わいのある低層階の建物が連なっており、なんだかホッコリ……。平和そのものだった。

ただ、私にとっては、友に連れられ過去1度チラッと訪れたことしかない、馴染みの薄い地。
販売にはちょっとした心細さもあったのだった。

そして納品中、追い打ちがかかる。
「うちのお客さまは、少し年齢層が高いからどうかしら……」
それは、私の作品をご覧になった“マダム店主さん”から漏れたお言葉だった。
「そうですか……」
にわかに“我が子同然な作品たち”の行く末が心配になる私。
『この子たちを、ここに、この地に置いていってしまって大丈夫だろうか?受け入れてもらえる?寂しい思いをしない?大切にしていただける……?』

思わず連れて帰りたい衝動に駆られる。
しかし、そんなことは出来る訳もなく、揺れ動く気持ちのまま販売はスタートしたのだった。

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さて、時は流れ、販売期間終了日。不安は現実となっていた。
事前にいただいたメールによると、売り上げ個数はわずかなものだったのである。

ガックリと肩を落とし、お店を訪れる。
お客さんの居ない店内。店主さんとも1カ月ぶりの再会だが、なんだか会話もしっくりこない。まあ期間中、売上げ報告などのやりとりも少なかったから、無理もない……。

『……遠いこの街で、わざわざ委託販売をしたことに、何の意味があったんだろう。電車賃もレンタルスペース代もかけてチャレンジしたのに……』
私はやるせない溜め息をひとつつき、手早く引き上げ作業を始めた。

作業もあとわずかとなった頃、常連さんらしきご婦人がお店にやって来られた。……が、レジに居られる店主さんと二言三言話したのち、すぐにお帰りになった。

その直後、私も売上精算をしていただくためレジへ。
すると、店主さんはハッとしておっしゃったのだ。
「あ!!今ちょうどドーナツをいただいたから、食べない?」
そして、私の返事を聞くか聞かないうちに袋をごそごそ広げ始められた。

「えっ!そうなんですか!ええーっ!いいんですか!?」
「あなた、すごくタイミングが良かったわね~!ラッキーだわよ!!さ、好きなの選んで!」
『!!!』
“ラッキーだわよ!”と言うパワーワード。
この日の私にとって、これ以上のありがたいお言葉はなかったのである……。

それから二人は、開店中にもかかわらず椅子に腰かけ、しばし和やかにドーナツを頬ばった。
膝をつき合わせているのが、なんともほのぼの……。
『ああ、幸せだなぁ……。まさかこんな展開になるなんて……』
私の中で、もはやお二人は一発逆転棚ぼたの女神。……しみじみ感謝を捧げる。

……フフ、それにしても、存在すら知らない私にここまで感謝されているなんて、「ドーナツ婦人」は全く気づいておられないんだろうなぁー。
そして、きっとこれからも直接知ることはないのだ……。

『なにげない配慮は、その人のあずかり知らぬところでも「徳」となっていたりするもの』
私は、ぼんやりと「ヒトのお役目」の妙に想いを巡らせた。
そして、
『ならば、この感謝の熱量だって、きっといつか良き形となってドーナツ婦人に届く』
と予感したのだった。