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社交不安障害と対人恐怖症

社交不安障害とは

社交不安障害(Social Anxiety Disorder, 以下SADとします)は、現実や想像の対人的状況で他者からの評価を受けたり、話したり、そういった行動を予想したりする時に感じる不安が過度に強く、日常生活に支障をきたしている場合につく診断です(Schlenker & Leary, 1982)。不安障害のひとつとされています。

DSM-5における基準

精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)という本があり、そこではSADは次のように定義されています。学術的な定義なので、読み飛ばしてもらって構いません。

A.      他者の注視を浴びる可能性のある1つ以上の社交場面に対する、著しい恐怖または不安。
例として、社交的なやりとり(例:雑談すること、よく知らない人に会うこと)、見られること(例:食べたり飲んだりすること)、他者の前でなんらかの動作をすること(例:談話をすること)が含まれる。
注:子どもの場合、その不安は成人との交流だけでなく、仲間達との状況でも起きるものでなければならない。
B.      その人は、ある振る舞いをするか、または不安症状を見せることが、否定的な評価を受けることになると恐れている(すなわち、恥をかいたり恥ずかしい思いをするだろう、拒絶されたり、他者の迷惑になるだろう)。
C.      その社交的状況はほとんど常に恐怖または不安を誘発する。
注:子どもの場合、泣く、かんしゃく、凍りつく、まといつく、縮みあがる、または、社交的状況で話せないという形で、その恐怖または不安が表現されることがある。
D.      その社交的状況は回避され、または、強い恐怖または不安を感じながら耐え忍ばれる。
E.      その恐怖または不安は、その社交的状況がもたらす現実の危機や、その社会文化的背景に釣り合わない。
F.       その恐怖、不安、または回避は持続的であり、典型的に6カ月以上続く。
G.      その恐怖、不安、または回避は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
H.      その恐怖、不安、または回避は、物質(例:乱用薬物、医薬品)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。
I.        その恐怖、不安、または回避は、パニック症、醜形恐怖症、自閉スペクトラム症といった他の精神疾患の症状では、うまく説明されない。
J.       他の医学的疾患(例:パーキンソン病、肥満、熱傷や負傷による醜形)が存在している場合、その恐怖、不安、または回避は、明らかに医学的疾患とは無関係または過剰である。
▶該当すれば特定せよ
パフォーマンス限局型:その恐怖が公衆の面前で話したり動作をしたりすることに限定されている場合

精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5、American Psychiatric Association, 2013 大野裕監訳 2014)

長々と難しくてすみません。これが原文です。

有病率

厚生労働省(2016)によれば、日本人が生涯で一度でもSADの基準を満たすのは約13%とされています。これは他の精神疾患と比べてみればなかなか高い方です。


SADの困りごと

精神疾患である以上、SADを抱える人たちは日常生活でたくさんのことに苦しんでいます。当然誰かと関わる時に強い不安を感じていれば苦しいですし、そのつらさから人と関わることを避けてしまうこともあるでしょう。学校や会社で友だちや同僚と話すのが怖かったり、それが原因でなかなか友だちを作れなかったり…症状が重い人はスーパーの買い物で店員さんと関わることすら苦痛な場合もあります。大変ですよね。僕はSADではないのですが、別の不安障害を持っているので、つらさは結構想像できます。

学術的な話になりますが、SADの人たちは健康な人と比べて大学卒業率が低く(つまり高卒程度までしか学業を修められている人が多い)、低収入という経済的な問題を抱えやすく、仕事に就けない人も比較的多いです(Katzelnick & Greist, 2001)。

治療を受けられている人たち

しかし困ったことに、SADを抱えている人たちのうち、治療を受けられているのは33~50%に留まります(Kampmann, Emmelkamp, & Morina, 2016)。これはSADの症状故のものです。
人と関わることが怖いので、医師や看護師、心理士の方々とのコミュニケーションを避けてしまうのです。そもそも、誰かに助けを求めるのが恥ずかしい、助けを求めている姿を見られるのが怖い、医師その他の方々が自分について何を考えているのかわからなくて嫌、という思いもあります(Olfson et al., 2000)。

治療を受けられていない人たちがどうやって治療にアクセスできるようにするのが課題点ですが、今回の記事ではこのことについてはメイントピックにしません。たぶん別記事になると思います。また書いたらリンクを貼っておきますね。(2022.10.2現在)


対人恐怖症との違い

SADよりも一般的な言葉として、対人恐怖症という語があります。社交不安障害と言われてもよくわからない人も、対人恐怖症と言われれば聞いたことがあるかもしれません。
対人恐怖症は、誰かと一緒にいる時に、その人から軽蔑されたり不快感を与えてしまったりするのではないかという強い不安・緊張を持つことによって、人と関わるのを避ける「神経症」の一種だと定義されています(音羽・森田, 2015)。

SADと対人恐怖症の違いは、不安・緊張を自分に対して感じるか、他の人について感じるかによります。
SADは、対人場面で恥をかくのを恐れるという自分の感情、要は自己主体性に着目した精神疾患概念でした。
一方、対人恐怖症は、相手を不快にさせてしまったのではないかという他者の感情の推測、要は他者主体性に着目した概念です。恥ずかしい思いをするかもしれない自分に注意を向けていると同時に、自分のせいで不快な思いをするかもしれない相手の感情にも注意を向けているという特徴があります(下村・西口・石垣, 2021)。

もっとも、この違いが医学的にはっきりした相違と捉えられていたのは2013年頃までで、最近では対人恐怖症もSADの一部であるという考え方が一般的になってきました(音羽・森田, 2015)。
従って、「対人恐怖症との違い」という項を作ってみたものの、これは過去の違いであって、今はそんなに大きく違うものとは考えられていません。
よく使われる「対人恐怖症」というのも、要するにSADの一種です。


今回はここまでにします。社交不安障害と対人恐怖症の概念に関する記事でした。たぶん社交不安障害に関する記事はこれからも書いていくつもりなので、続編をお待ちください。


参考文献

Schlenker, B. R., & Leary, M. R. (1982). Social anxiety and self-presentation: A conceptualization model. Psychological Bulletin, 92(3), 641–669. doi:10.1037/0033-2909.92.3.641

American Psychiatric Association (2013). Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition. (アメリカ精神医学会. 大野裕(監訳)(2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院)

厚生労働省 (2016). 社交不安障害(社交不安症)の認知行動療法マニュアル(治療者用) Retrieved from 0000113841.pdf (mhlw.go.jp) (July 27, 2021)

Katzelnick, D. J., & Greist, J. H. (2001). Social anxiety disorder: An unrecognized problem in primary care. Journal of Clinical Psychiatry, 62, 11-15.

Kampmann, I. L., Emmelkamp, P. M., & Morina, N. (2016). Meta-analysis of technology-assisted interventions for social anxiety disorder. Journal of Anxiety Disorders, 42, 71–84. doi:10.1016/j.janxdis.2016.06.007

Olfson, M., Guardino, M., Struening, E., Schneier, F. R., Hellman, F., & Klein, D. F. (2000). Barriers to the treatment of social anxiety. The American Journal of Psychiatry, 157(4), 521-527. doi:10.1176/appi.ajp.157.4.521

音羽 健司・森田 正哉 (2015) 社交不安症の疫学―その概念の変遷と歴史― 不安症研究, 7(1), 18-28.

Shimomura, K., Nishiguchi, Y., & Ishigaki, T. (2021). BIS/BAS and over-adaptation as unique predictors of the offensive subtype of taijin kyofusho and SAD: An exploratory study. Pásonariti Kenkyú, 29(3), 150-158. doi:10.2132/personality.29.3.6 (In Japanese with English abstruct)

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