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【映画評】 イー・ツーイェン『藍色夏恋』 台湾の青春映画 グイ・ルンメイ(桂綸鎂) 身体と心の移動

台湾の女優グイ・ルンメイ。
ディアオ・イーナン『鵞鳥湖の夜』(2019)の、怪しげで妖艶な演技が眼に鮮やかに残っている人も多いと思う。
これは36歳の成熟した姿なのだが、彼女の18歳のときのデビュー作であるイー・ツーイェン『藍色夏恋』(2002)はその対極にあるといえる。彼女の演技の瑞々しさに、わたしたち見る者は、無防備なまでに圧倒されること間違いないだろう。

青春映画の瑞々しさ。それを俳優の若さや軽やかさに理由を求めるのは必ずしも正しくはない。
若い俳優を起用したとしても、青春映画特有の、映画的意匠としての軽やかさがなければ、実のところドロンとした重さを感じることもあるのだから。
『藍色夏恋』の醸し出す瑞々しさとは、俳優の若さと魅力に加えて、登場人物の配置が映画を見る者の感覚を研ぎ澄ませるからだと思う。
この場合の配置とは、俳優の身体の移動による配置のことである。

イー・ツーイェン『藍色夏恋』-2

たとえば、女子高生モン(グイ・ルンメイ)と男友だちチャン(チェン・ボーリン)の自転車の走行。
二人は台北の街を自転車で並走するだが、ときにはモンがわずかに前進し、それに反応してチャンが追い抜こうとする。そのとき、両者の眼も相手を意識し、素早く視線を交差させる。この、身体の「前進⇆後退」という移動と、それに伴う両者の視線の移動。それが移動の軽やかなリズムを生み出し、台北の夏の光に溶け込む。そしてカメラを自転車の走行に添わせながら被写体の移動を捉える撮影。
わたしたち観客も、カメラの眼と一体となり、モンとチャンを見つめる。そのことも手伝って、映画を見るわたしたちにも瑞々しさの感性が満ちてくるのである。

それだけではない。モンの、同性の親友リン(リャン・シューホイ)への先行する愛と、異性であるチャンへの微妙に揺れ動く愛。
モンは同性への愛にとどまるのか、それとも異性愛を感じるときがくるのか。移動はスピードをともなう身体にとどまらず、その変奏としての「同性⇆異性」愛の移動としても呈示される。それは、映画的(もしくは唯物的)意匠を超えた、心の移動でもあるから面白い。 
 
本作品で彼女が出演する作品を見るのは2本目なのだが、彼女の作品をはじめて見たのは、2015年2月24日、ディアナ・イーナン『薄氷の殺人』(2014)である。わたしは『薄氷の殺人』でファム・ファタルとしてのグイ・ルンメイの魅力に虜になった。
その日、わたしは作品の魅力に溢れる長い文を、グイ・ルンメイに捧げるように書いたほどだ。

2016年11月9日、台北の光點華山電影館SPOTでグイ・ルンメイ主演のグオ・チェンツィ(郭承衢)『徳布西森林(ドビュッシーの森林)』の巨大なポスターを見た。監督の郭承衢はフランス在住の台湾人。台湾では観客動員数が低く、短期間で上映打ち切りになったという。そのためなのか、日本でも公開の兆しはない。
《台湾巨匠傑作選》での上映を待ち望みたい。

(日曜映画批評:衣川正和🌱kinugawa)

『藍色夏恋』予告編

ウェイ・ダーシュン『セデック・バレ』予告編

下の映像の一部に『セデック・バレの真実』予告編が含まれています。


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