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【映画評】 グスタフ・ドイチュ『シャーリー リアリティーのビジョン』 文化的接ぎ木の試み、そしてヴィム・ヴェンダース

オーストリアの実験映画作家、グスタフ・ドイチュ(Gustav Deutsch)。
ドイチュは、世界の膨大なフィルムアーカイブから探し出されたフィルムの断片を繋ぎ合わせ、新たなシークエンスを作り出すことで知られる作家である。

(映画スチール写真=すべてイメージフォーラム・フェスティバルより)

彼の映画は、なにを撮るのかではなく、世界はあらかじめ断片化されており、それをどのように編集するのかを実践する場と言える。
それは、すでに撮られた映画を内包した、映画史の映画であるとともに、世界は映画史により再演される、ということのように思われる。

だが、
ドイチェによるはじめての劇映画
『シャーリー リアリティーのビジョン Shirly-Visions of Reality』(2013)
の場合、
フィルムの断片ではなく、アメリカ人には見慣れた都市の光景を単純な構図と色彩で描いたエドワード・ホッパー(1882〜1967)の13の作品に、30年代、40年代、50年代、60年代の層、つまり、大恐慌時代、第二次世界大戦、マッカーシーの時代、人種差別と公民権運動の4つの時代区分を割り当て、女優シャーリーを、プロローグとエピローグを含め14のシークエンスに配置させるという、フィルムそれ自体の引用ではなく、絵画の引用による構成となっている。

本作品の一例としてだが、シークエンス6《Morning Sun》(ホッパー1952年の作品:朝の光の中、ベッドに座り窓の外を眺めるシャーリー。孤独、不安、空虚を感じさせる作品)が端的に示すように、エドワード・ホッパーの絵画を忠実に引用した画面構成になっており、映画特有の〈構図/逆構図〉やカメラ移動もない。
対象に接近する場合でさえも、ホッパーの画面構成・遠近法を崩さないよう、カメラを固定したパン移動はあるものの、カメラ自体の移動によるに接近ではなく、レンズのズーム機能による接近という、いわば絵画の忠実な引用という、恐ろしいほどの禁欲性が見られ、ホッパーの作風のコンセプトをいささかも崩してはいない。

グスタフ・ドイチュ『シャーリー リアリティーのビジョン』-1
(映画スチール写真)
エドワード・ホッパー『morning-sun』
(エドワード・ホッパー『Morning Sun』1952年)

そして、シャーリーという女優を、先述したホッパーの4つの時代層に配置することで、ひとりの女性の社会的時間推移から立ち現れる、世界史の再構築ともなっている。

プロローグとエピローグでアメリカの詩人エミリー・ディキンソン(1830〜1886)の詩集が読まれる。
そこには、19世紀の女流詩人のビジョンが、20世紀の女優であるシャーリーへと受け継がれる様子が映し出される。
ラジオから流れているらしい時代の証言の断片による時代への接続と、シャーリーの日常の瑣末な事柄の独白。さらに、シャーリーの時間がラジオから流れているらしい時代の証言の断片。
それらは、ホッパーの13の絵画(=断片化された空間/フレーム)に接ぎ木され、いわゆる、「文化的接ぎ木」をキーワードとする世界の読み直しが、この作品に見られる。

グスタフ・ドイチュの作品を見る機会は稀にしか訪れないのだが、こういった映画もあるのかと、ただただ驚いたのである。
また、本作品は2013年のベルリン映画祭招待作品で、ドイチュによる初の劇映画作品である。

最後に、本作品と対比しなければならない作品を紹介する必要があるだろう。
それは
バイエルのバイエラー財団で2021年1月から開催されるエドワード・ホッパーの展覧会で、ドイツの監督ヴィム・ヴェンダースがホッパーの作品世界から触発されて製作した3D作品
『エドワード・ホッパーについて私が知っている2、3の事柄(Two or Three Things I know about Edward Hopper)』(2020)わたしはトレーラーを見ただけなのだが、ここには、フランスの映画批評雑誌Cahiers du cinémaの400号記念特集(1987年10月・ヴェンダース責任編集)に掲載されたヴェンダースの写真世界を彷彿とさせるものがある。ヴェンダースの映画には、ホッパーの世界観が通奏低音のように流れているのかもしれないと思われた。
日本でも、なんらかの形で『私がエドワード・ホッパーについて知っている2、3の事柄』の上映があることを期待したい。

言うまでもないが、タイトル
『エドワード・ホッパーについて私が知っている2、3の事柄』は、
ジャン=リュック・ゴダール
『彼女について私が知っている2、3の事柄(Deux ou trois choses que je sais d’elle)』(1967)
へのオマージュである。

(日曜映画批評:衣川正和🌱kinugawa)

『シャーリー リアリティーのビジョン』予告編


『エドワード・ホッパーについて私が知っている2、3の事柄』トレーラー



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