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フルーツサンドの天使、あるいは⑰

 今にも振り出しそうな雨を想像すると、靴の中がびしょびしょになるあの気持ち悪さが蘇ってくる。
 
 休日昼下がりのカフェ・アラートは、ランチ時を過ぎ、気が抜けたような空気が漂っていた。
 トイレから戻ってきたはるかが、向いの席に座った。
「素敵なお店でしょ?」
「そうだね」
彼女のほうを見ることが出来なくて、くもり空を見上げ、また靴の中の不快感を思い出した。

 「この前ね、この店の前を通ったの」
「……」
「明人さんが居たから、入ろうかと思ったんだけど、だれかとしゃべってた」
「…うん」
「女の人だった」
「うん」
「泣いてた」
「……」
「さすがに声かけられなかったよ。誰なの?どうして泣いていたの?」

 息を吸って、吐けなくなった。
こんな時って、本当に頭が真っ白になるんだな。
「ごめん、会社の子としか言えない。俺がひどいことをして、泣かせてしまったんだ」
はるかは、ため息をつき、紅茶をひと啜りした。
「ひどいことって?」
「ごめん」

「ごめんじゃ、わからないよ!」
はるかが声を荒げた。こんな事初めてだった。
「ねぇ、あの子と何かあったんじゃないの? 私だってそのくらいわかるよ」
いつだってふんわりとごまかして、確信に触れないようにしてきた彼女は、今決着をつけようとしていた。
例え、ここで終わりになろうとも。

「話して」
静かに言った。

 僕は、体中にたまった息をゆっくりと吐いて話し始めた。
岡崎さんとのこれまでのこと。自分の心が誰に向いているか。それでも、はるかに対する責任を取ろうと思っていること。
「そっか、わかった」
彼女は、一言放って、席を立ち、店を出て行った。
泣くのでもなく、作り笑いをするのでもなく、無表情だった。
 
                             ーつづくー

※画像は、クリエーターのTOMOさんのイラストを使用させていただきました。素敵な作品をありがとうございます。

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