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フルーツサンドの天使、あるいは⑪

 弁当の中身はミートボールだった。

 「ごめんね、昨日仕事でトラブルがあって、遅くまで会社に残ってて、それで今日寝坊しちゃった。」
約束の時間より1時間も送れて待ち合わせ場所に現れた僕に、はるかは不思議そうな顔を向けたが、怒らなかった。
 
 「昨日、何時くらいに帰ったの?」
 「11時くらいかな?結構遅くまでかかって、まいったよ。」
 「大変だったね。眠いでしょう?」
 「大丈夫、ピクニック楽しみで、仕事頑張れたんだから」
 とってつけたような自分の言葉に内心ひやひやしたが、はるかは、「嬉しい」と笑った。普段どおりの様子に、ほっとした。

 電車を乗り継ぎ、目的地の国営昭和記念公園に着いたのは午後の1時過ぎ。昼食時間を過ぎた頃だったので、ふれあい広場は、家族連れやカップルが食事を終えてちょうど移動しようとしている様子だった。
ちょうど木陰ができ、休むのによさそうな木の下から、一組のカップルが移動したところに居合わせ、そこに持参したシートを引いて弁当を食べることにした。

「あきとさんが、好きなものたくさん作ったよ」
 塩味の卵焼きやベーコンのウズラ巻き、シンプルなポテトサラダにブロッコリーやミニトマトで色合いを添えている。その真ん中には、ミートボールのケチャップ煮。
「俺の好きな料理覚えててくれたんだ。この前ハンバーグ作るって言ってたから、間違えて覚えてるのかと思った」
「忘れるわけないよ。あきとさんのことなら何でも覚えてる」
 彼女はふんわりとした笑顔で、瞳の奥の鋭い色彩を淡いクリーム色に濁した。

 ミートボールに手を伸ばし口に入れる。ケチャップの甘酸っぱさがつんと鼻に抜けた。

「明人さん、今日、家に行ってもいい?」
「どうして?」
「昨日、明人さんの家に忘れ物しちゃったんだ」
食べかけのミートボールを危うく落としそうになり、皿でキャッチした。
「昨日うちに来たの?」
「うん、あきとさんが帰ってくるの、待ってたんだよ。」
「何時まで居たの?」
「12時くらいまでかな」
「そうだったんだ」
 僕は家の合鍵を彼女に渡し、これまでも僕の仕事が遅くなるときには先に家で待っていてもらうこともあった。
しかし、これまで、彼女は必ず入る前に僕に連絡をしていたし、入ったとしてもそのことを当たり前のように話すことなどなかった。

 彼女は目をどこかに向けて、穏やかな表情をして黙っている。僕は魔法にかけられ、のどをつぶされた蛙ように、言葉を発することが出来なくなった。

  明らかにさっきの嘘はばれている。彼女は何か勘付いているのだろうか。冴え渡る空に心地よい秋風が木をゆする。二人で黙々と弁当箱をつつく。
味を感じない。

  彼女の周りだけが秋の公園と同調し、うららかな時間が流れているように見えた。内に隠し持つ棘がいっそう彼女の美しさを引き立たせ、穏やかな空気とのコントラストに、船酔いに似た気持ち悪さを感じた。
                             ーつづくー


※画像は中目黒土産店様のイラストを拝借させていただきました。素敵な作品をありがとうございます。


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