「これでいいのだ」に救われる日
突拍子もなく。
ああ、タモリさんの赤塚不二夫先生への勧進帳で有名なあの弔辞、読みたい…と思い立って調べていた。
私はタモリさんがスキだ。子供の頃。お昼休みはウキウキwatching。その言葉そのままに学校が休みの平日お昼12時、TVの前でウキウキしていた。いつか大人になればテレフォンショッキングにでれると思っていた。そんなバカな。
いいとも。いいとも増刊号の放送後の雑談が特にたまらなく好き。
タモリ倶楽部。ヨルタモリ。ブラタモリ。タモリステーション。ミュージックステーション。現在のアドリブスピーチを時々TVで観ても惚れ惚れしてしまう。
タモリさんのエセ外国語をが好きすぎる。愛しているかもしれない。
イグアナ、コンドルの着地の形態模写たちは、くだらなすぎて繰り返し見たくなる。っていうか何度もビデオテープでいえば、間違いなく擦り切れるまで見る。
忘れもしない、小学生の頃。いいとも増刊号の放送後の雑談。
飛行機が飛び立つもしくは着陸後の瞬間は、きっとこんな気持ち。のモノマネ(アテレコ)という、どうにもこうにも、くだらないネタがあった。
飛行機のモノマネ…子供がブーンってやるアレを、タモリさんは芸にまで昇華させた。○○空港の、この飛行機。△△空港の、◇◇便の飛行機の気持ち。
もしかしたら他の番組でもやってるのかな。私は場面でしか見たことがない。うろ覚えなのに、いま思い出しても笑いそうになる。
私は笑うと引き笑いになる。泣きながら引き笑いになって、息も絶え絶えにTVに食らいつくようにタモリさんの芸を引きつりながら見ていた。
モノマネが終わったあとのタモリさんは、飛び立った後であろう飛行機の「すん」としたすまし顔のように「すん」とした真顔をやってのける。
飛行機って顔あるんですか?と思うのに、その思考を跳ねのけてくる破壊力の「すん」とした真顔がおかしすぎる。
もともと飛行機には顔なんてないのに、それから私には飛行機の着陸後はすまし顔にしか見えない。(旦那さんの見送りに空港にいった時も、「すん」とした真顔を探した)
小学生だった私は、すぐにでも誰かにこの面白さを共感してもらいたくなった。子供の頃からの私の悪いクセだ。
その当時はSNSなんてないので、つぶやきたくてもつぶやけない。くやしい、この面白さをここで留まらせてなるものか。
つぶやく代わりに、そのTVを観ていない4つ年上の兄へ、必死にモノマネを模写して伝える。
小学生の私は必死だった。
「タモリさんがね、飛行機の気持ちを言うのよ」
動きを交えながら、記憶を辿り完コピを試みる。
必死にタモリさんの飛行機のモノマネを真似る小学生の私。
兄は少年ジャンプを片手にポテトチップスを食べて、寝転がり、すんでもない、なんでもない普通の真顔で言う。
「へぇ……飛んだな」
いやそうじゃない。
私の頭がぶっ飛んでしまったことだけが、兄に伝わった。
タモリさんの偉大さを思い知った。
私にはあんな上等な芸はできない。当たり前だ。たとえやっているのが飛行機のモノマネだとしても。
実はnoteですまし顔で隠していたのだが、私はメンタルダウンをちょうど10年前にも経験している。理由は今とはまったく違うけれど。
症状が初期の頃。TVで人が動く姿すら怖くて、何も見れない事もあった。
TVをつけ始めた頃は、特定の人しか見れなかった。
その中の1人がタモリさんだった。
タモリさんの佇まいが、声の響きが、なんとも心地よかったし、時々笑わせてくれた。
その当時はヨルタモリがまだ放送されていたし、タモリクラブも、やっていた。そうブラタモリも。
だから同じ番組を繰り返し飽きるまでかけている日もあった。
今もタモリさんをみると安心するし、繰り返し何度でもタモリさんの番組は見入ってしまう。
だらだらみると、心地いいのだ。
こんな風に書き出したら、ちょっとストーカーみたいで自分がこわい。
話はもどって、有名な赤塚先生への弔辞。
長い長い言葉の半ば、タモリさんはこう切り出す。
全てを肯定し受け入れる、そのことを赤塚先生は一言で言い表しています。「これでいいのだ」と。
「これでいいのだ」
何度も辛かった出来事をおもいだす。
失う悲しさに慣れてはいけない気がする。
悲しさを覚えて、やさしくも強くもなれる。
タモリさんは弔辞の中でこうも言っていた。赤塚先生と過ごした日々は、こんな楽しい事があっていいのかと思うことばかりだったと。
楽しい日々を忘れるまい、片時もこの胸にあると言わんばかり、あの弔辞が
白紙で弁慶の勧進帳のように話したと知った時…。
タモリさんの赤塚先生への思いの深さを想像する。
なぜ突然。思い出したかのようにこのタモリさんの言葉を聞きたくなったのか、何か途方もない引力としか思えない。
悲しみを含みながら愛に溢れた弔辞だった。
私もあの愛しさを忘れずにいたい。
今はそうしていたい。
涙は止まらない。
もう誰も許してくれなくても、言ってほしい。
今の私は「これでいいのだ」
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