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#3 マイノリティ・社会的に不利な人が働ける場を考える

こんにちわんこそば、マリエです。東京から青森に移住をして暮らしています。今回は私が常日頃抱いている疑問や考えていることについてアウトプットしてみます〜

社会の「あるべき理想の姿」が無理ゲーすぎるなど

私は海外の教育制度を知らないので日本の話しかできませんが、私が知っている学校教育では「英数国理社」の五教科をすべてバランスよく高い得点を取ることが求められているな、と感じていました。
このようなバランス重視型は学校教育のみならず、社会に出ても会社からも、【コミュ力・論理性・センス・分析力・サーチ力・交渉力・マネジメント力・柔軟性・ユーモア・カリスマ性・粘り強さ】といった多様な能力を合わせ持つことが期待されることが多く、そのバランスの取れた人のみが出世できる(大きな欠如があると出世ルートから外される…)世界なのだなぁと感じていました。

もちろん、今はIT系のような専門スキルを持った人材確保の必要性が高まっているため、専門職のキャリア形成が可能になった人事制度も増えているし、ジョブ型雇用など能力と報酬がシンプルに定められた雇用体系も広がっているので、みんながみんなバランス重視というわけではもちろんない。でも、あいかわらずみんな、バランス取れてる人めっちゃ好きだよなぁと。これは本当に根強いというか、揺るがないもんなんだと思っていて。
どこか一部が欠如しているだけで、その人の人間性まで劣っているかと思うかのように対応が変わったりする。そういう風景を目の当たりにして、なんだか悲しいなぁと思うなどしています。

本来、みんなマイノリティだよね…

人の能力は凹凸があって当然のもの、なんて書くまでもないことかもですが…。私自身、学校教育や社会環境において「世の期待値に応えること」を当たり前に盲信しすぎて、長いあいだ自分の特性や個性にフタをして生きてきたと思います。空気を読み、雰囲気を察し、求められる役割を無自覚に演じ…。そうすることで、器用なバランス人間にはなったけれど、これといった専門性や秀でたスキルは持ち合わせず大人に。

それがいいか悪いかは人によるけど、バランス重視をすることで本来一人一人が持っている個性や能力を失わせてしまうことを私は危惧しておるです。「できること」「できないこと」はあって当然で、それを一人一人がいかに自分で理解し、それを周りの人といかに理解しあえるかがとても大切な関係性だと思うのですが、

  • 【個人】が、本人のスキルや特性を理解し、言語化し、他者へ伝達することが困難

  • 【他者】が、個人の欠如している点や特性について無理解・不寛容である

という2点から、今生きてる世界はいまだに「凹凸がない人間」(なんていないのだけど)が重宝され、みんなが「凹凸がない人間」になろうとしているような気がする。

精神疾患が急増する日本社会


R4 厚生労働省資料

今も毎年2万人を超える(少し前までは3万人を超える)自殺者がいる日本で、精神疾患者は急増している現状。(うつやアルツハイマー、認知症やストレス関連障害等)

さらに、公立学校教職員調査によると、メンタル不調による休職者数が5,897人と過去最多になったことがニュースになってた。

これは現状の社会構造がもう機能しなくなっている表れだと思っていて、今までと同じ働き方や労働環境ではもう多くの人が働けなくなってきているとういうこと。だから、一律の価値観をみんなで目指すのではなく、多様な背景や個性のある人がそれぞれに力を発揮できる環境や制度がなければ、もう社会は成り立たないんだと思います。

できることを伸ばし、できないことを補いあう場をつくってみたい

最近、「発達障害」や「精神疾患」という言葉を耳に(目に)することが増えてきているかと思うのですが、これらは見た目で明らかにわかるものと、見た目ではわからないものが含まれています。「見た目ではわからないもの」かつ「周りのみんなができて、自分にはできないもの」に対して、本人も周りもあたかも個人に非があるように捉えてしまうことがあるかと思います。

しかし、実際には何か(本人の特性や心身の状況など、または環境による)理由がある・本人の責ではない場合も多くあります。ただ、世の中的に「個人のせい」にしたほうが、環境側が責められなくて済むので、大きな組織側に都合がよく解釈されている気がする…。
もちろん「個人の問題」の部分もあるけれど、環境側が個人を排除するのではなく、環境側が各個人にあわせて柔軟に応じていくことを今後もっと増やしていくことが必要だと思います。

「障害」という言葉について、社会モデル・医学モデルによって捉え方が異なっているのでご参考までに…
【社会モデル】…障害は社会や環境側に原因があると捉える
【医学モデル】…障害は個人の心身機能に原因があると捉える

メディアで「障害」を「障がい」と表記することもありますが、私は社会モデルに則して障害は個人の問題ではないと捉えているので、「障害」を使用しています。

あと、個人的には現在一般的である"時間給制"の働き方にも疑問をもってるので、時間によらない働き方っていうものも考えてみたい。(もうすでにあるかもだけど)

ひとり親・子育てしながらキャリア形成できる道の模索

ひとり親の貧困率が社会問題になっておりやすね。私もひとり親の貧困家庭のひとつです。

ひとり親家庭の相対的貧困率は50.8%と、実に2世帯に1世帯が相対的な貧困の生活水準となっています。

「共同参画」2019年2月号

私は採用界隈のお仕事をしていて、多様な求人に触れることが多いのですが、

  • 女性であること *1

  • 子育てをしていること

  • 年齢が高いこと

上記項目が就職の足かせになっている場面を非常に多く見受けています。どんなに社会的にダイバーシティ(多様性)の推進が表に現れていても、現実問題、一握りの企業(の一握りの職種)しか本当の意味でダイバーシティが進んでいるとは言えない状況だと思います。(企業が男女比率を調整したいときだけ女性優位に採用したりすることあるよね、、)

少しずつ社会は変化をしているけど、まだまだ理想と現実の乖離は大きい…
それであれば、自分でできるところから?一人でも、働ける場所がつくれたらいいな、と考えています。

が、実際に私が人を雇えるようになるまで、一体どれくらいかかるのだろう…すでにその頃にはダイバーシティが当たり前になってる社会になっていたりして、それはそれでうれしいことだネ。
まぁできることをやってみよ〜ということで、遠くない将来、メンバーが増やせる状態になれるように邁進!いたしまする。

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