【ショートショート】 夕日の君
気がつくと、もう夕方だった。
部屋に射し込む夕日の色濃さに気づき、ハッとさせられる。
テスト前ということで、親に頼まれるお使いなどを一蹴して、朝から部屋に篭っていた。そんな、勉強をしているフリをして過ごした日曜が、もうまもなく終わろうとしている…。
テストは明日月曜日から始まるらしい。確認できてるテスト範囲は、まだ3分の1ほどだ。
「やばいよなあ…」
口に出して呟くと、より一層危機感は増す。
ただし、やる気が増すわけではないから、一人で悶々と教科書やワークを広げて、眉間に皺を寄せるだけなのである。
どうしてこんなにやる気が出ないのだろう。
これらの勉強が、どれだけ将来に繋がってどれだけ自分の未来に影響を及ぼすものなのか、「いま」を生きるのに精一杯な自分には1ミリもわからない。
因数分解も、過去分詞形も源氏物語も、それなりに真剣に授業を聞いていたはずなのに、まるで口の中に入れたラムネ菓子みたいに今では形が残っていない。
とはいえ、もういいやと投げ捨てて諦めるほどの度量はないものだから、だらだら教科書に縋ってしまう。
これまでに学校で得たもので、いまの自分に一番残っているものってなんだろう。
現実逃避よろしく、途方もないことを考え始めた手元に、ただ夕日は明るいーー。
それにしても、今日はすごい夕焼けだ。
レース素材のカーテンの、隙間から漏れているオレンジに惹かれ、思わず椅子から立ち上がって、部屋の西側にあるベランダに近づく。
白いレースをめくった途端、部屋中が夕焼け一色に塗られる。
いつもこの時間はまだ外にいて、帰ってくる頃にはすっかり日が暮れているから、こんなにしっかりと部屋に西陽が射し込むことを知らなかった。小さい頃から住んでいる、自分の部屋なのに。
そのときふと、いつか教室で見た夕日を思い出す。
本当にいい天気で、今日みたいな明るい夕日が煌々と射し込む教室。
そこにいた、あの日の自分とあの日の、あの子。
これまでに学校で学んだもので、いま自分の中に一番残っているものは、あの夕日の中で聞いた、あの子の言葉かもしれないと不意に思う。
「私、実は将来CAさんになりたいなって思ってて」
だからまずは英語の勉強頑張ってるんだ、と続けるあの子の眩しい横顔を見て、夢があるということはすごいことだと思った。夢にできるくらい、好きなことや得意なことがあるなんて、格好良すぎるとも思った。
何となく恥ずかしいから、誰にも言わないでねと笑う姿は絵のように綺麗だった。
それと同じくらい、羨ましいと思った。自分にはそんなものがないと、焦りもした。
何もかも眩しかった。
それらの眩しさを、全部明るい夕日のせいにした。
時間はどんどん流れる。夕日は、あっという間に眩しさを連れて夜を招く。
気がつくと黄金色の夕日は、自分の部屋を通り抜けていた。あとは静かな夜がじわりじわりと近づいてくるだけだ。
自分のしたいことは何なのだろう。この先、それを見つけることはできるのだろうか。いつも気がつかないふりをしている、漠然とした不安に足首を掴まれる。
その瞬間、ああ、この不安を拭うために「勉強」というものはあるのかもしれないなんて思う。
夕日の中で語るほどの夢がない分、その夢を見つけたときのために知識の貯蓄をする…。自分の中で、何とか落とし所をみつける。
夕日は、去った。
夜が近づくということは、それすなわち「明日」が近づくということだ。
テストは明日月曜日から始まるらしい。確認できてるテスト範囲は、まだ3分の1ほどだ。自分のテストの結果は、残り3分の2の可能性を残している。
そっと深呼吸をして、机の前に戻る。
夜が近づく。開いたままのカーテンの向こうに、一番星が光り出していた。
(1545文字)
=自分用メモ=
勉強なんていくつになっても好きになれないものなんです。それでも、興味関心があればスイスイと吸収できる不思議。つまり興味関心を持てるものが多い人ほど、勉強面では有利なんだろうななんて考えたことがある。
7/16の夕日の中で、書き上げた本作は、登場キャラの詳細をあえて一切明かさずに書くことにした。自分とあの子だけの、夕日の中での小噺。短文&言いきりを多めにするよう心がけた。
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