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【ショートショート】 灯し納めの日

 その塔には、たくさんの燭台がある。
 全てを数えたわけではないが、うさぎが聞いた話によると三百六十五本の蝋燭が立てられるらしい。

 毎年、その年を担当するものが、一日一本蝋燭の灯を見守って過ごす。

 うさぎは今年、その役目を担っていたのでここまで毎日、その仕事をしてきた。

 三百六十四日も同じことを繰り返していると、さすがに慣れたものだ。
 最後の一本を見守りながら、ここまでのことを静かに思い返す。

 どの日も同じサイズの蝋燭だが、日によって一日の終わりに残っている蝋燭の大きさが違うだとか、灯りの揺らぎ方が変わるだとか、そういうこともわかるようになってきた。

「次にその仕事をするのは、十二年後らしいな」

 いつの間にか、後ろに立っていた龍に話しかけられる。

「ああ、君か」
「どうだった、この一年のこの仕事は」
「いやあ、なかなか大変だったよ」

うさぎは、これまでの三百六十四日分の燭台をチェックし、燃え残りや綺麗に燃え切って芯だけになったものを選り分けながら、龍に返事をする。

「毎日毎日、目の前で減っていく蝋燭を見ながらいろんなことを考えた」
「たとえば?」
「ああ、今日は風もなく静かに燃える日だなあとか、火が安定しなくて上手く燃やし切ることができなかった日だなあとか」

 ころんとした「ある日」の塊を見つめて、うさぎは言葉を続ける。

「蝋燭の長さは、毎日同じでみんな平等なのに、燃え方やそれが減る時間はバラバラで、それを他のうさぎたちと比べっこするのは興味深かったな」

 ふんふんと、腕組みをしながら龍はうなずく。
「他のうさぎとそんなことがあったんだ」

「毎日、灯りを守ることが僕らの仕事だからね。風が強いとか、雨が降っているとか、それぞれ事情がある蝋燭をお互いに守り合うんだよ」
「なるほど」
「そういえば、来年は三百六十四本の蝋燭で足りるみたいだね」
「どうやらそうらしい、俺だけ一本少ない」
「面白いね」

 ころころと笑いながらも、うさぎは手を休めない。一年経ったら、自分もこんなふうに手際よく仕事ができるようになっているのだろうかと、龍はこっそりその手元を見つめる。

 そのうち全ての燭台の掃除を終えたうさぎは、龍にいろんなことを伝えていく。

 灯りの見守り方、風雨からの守り方、灯りが消えたときの対処法──。

 龍はふむふむと耳を傾け、ときどきメモを取りながらうさぎについて回る。

「何はともあれ」
 少し先を歩いて、いろいろ示しながら説明していたうさぎは振り返って言う。

「今夜0時になったら、燭台全てにまた蝋燭が配置される。それをしっかり見守るのが、君の役目だ」
「やってみるよ」

 うんうんと、うさぎは頷く。
 そしてその手に握っていた、先程選別していた「燃え残りたち」を龍の手のひらに握らせた。

「これは、この一年の燃え残り。次にくる一年の中に、継ぎ足せる余裕があれば是非使って、一緒に燃やしてあげてほしい」
「そんなことしていいの」
「いいとも。これはこの塔のものだ。蝋燭の大きさは全て同じでも、決して毎日同じように過ぎることはない。上手く燃やし切ることができない日もある」
「それが、これらか」
「そう。何らかの事情で、使いきれなかった時間や想いは、決して無くなったない。心のどこかに残り続けるから、それらをうまくどこかで燃やしてやらなきゃいけない」
「ほう…」

 龍は、わかったようなわからないような、曖昧な返事をする。
 その様子を見たうさぎは、優しく笑ってみせる。

「大丈夫。時は止まらない。走り出したらあっという間だ。しっかり見守っていけば、上手くいく日もそうでない日もあるということが、わかる」
「そうか」
「そうさ」

 最後の一つになった灯り。
 一年前には、どんなふうに見られるか想像もつかなかったあたたかい明るさ。

 少しずつ減っていくそれを二人で眺めながら、来年がこの一年よりも、もっと眩しくもっと優しい光に満たされるものであるようにと、そっと願う。

 一年の終わり。
 尊い灯りの、灯し納めの日のお話。


(1632文字)


=自分用メモ=
難しいことは、一旦全て置いておくとして。
何はともあれここまで一年よく頑張りました、みんなよく駆け抜けました!の気持ちでいっぱい。

一年の終わり。優しい気持ちで過ごせるような話で締めくくりたかったのでこれを。

今年一年、見守ってくださった「うさぎ」のような方たちに心の底から感謝を…。
皆さま、どうぞよいお年をお迎えください!

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