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【ショートショート】 魔女からの手紙

 ーー人生は選択の連続です。あなたの人生は、あなたのものなのだから、まずはあなたが納得した選択をすることが、重要だと思います。ーー

 魔女からの手紙は、そんな書き出しで始まっていた。

 真島美代まじまみよ…それが魔女の名前だ。
 高校のときお世話になった先生であり、名前を省略しただけの安直なネーミングでつけられた愛称で、私たちは彼女を「魔女」と呼んでいた。ただし、彼女は「魔女」と呼ばれていることは恐らく知らない。本人がいないところで使われた、いわゆる生徒の間だけのあだ名のようなものだった。

 私は魔女が好きだった。
 あまり表情豊かな方ではなく、いつも淡々と授業をし、私たち生徒が媚びても全く動じない先生だった。いわゆる「オカタイ印象」の先生で、好き嫌いの分かれるタイプだったような気もする。それでも少し話すとユーモアのある人だとわかったし、そもそも私の好きな教科の担当だったから、抱いた疑問を気軽に聞けるようになると、興味のある話しがたくさんできて、私はわりと早い段階から彼女と話すことが楽しかった。

 ある日の放課後、不意に浮かんだくだらない質問を突然ぶつけたことがあった。そのとき彼女は答えを持ち合わせていなくて「確認しておきますね」と述べてその場を離れた。なあんだ、先生でも知らないことがあるのか、そりゃそうか、なんて勝手に少しだけがっかりしたことを覚えている。
 ところがその翌日、廊下で突然呼び止められ一枚のプリントを渡された。B4の紙いっぱいに手書きの文字が並ぶ、昨日の質問に対する解答を書いたものだった。確認しておくなんて、その場しのぎの返答だと思っていたし、何なら本当にくだらない質問だったから、そんなに真剣に解答を期待していたわけではなかった。それなのにこんなにも誠実に答えてくれるのかと、ものすごく嬉しかったのを今でもよく覚えている。その出来事以降、私は魔女を大いに慕うようになった。

 ことあるごとに私は魔女に会いに行き、勉強の話にはじまり、家の話や進路の話、本当に取り留めのない話まで、たくさん聞いてもらった。そして、そのような関係は卒業しても続き、年賀状のやり取りを経て、不定期に手紙の交換をするような形に発展した。
 魔女は文明の利器から、少し距離を置いた生活を好んだ。そのため、このご時世でも彼女は携帯電話やスマートフォンを持っておらず、連絡を取ろうと思ったら基本的には手紙を送るしかなかったのである。

 私と魔女は、本当に気まぐれに連絡を取り、相互にその生存を確認するような時を過ごしていた。その連絡を取るスパンは、数ヶ月に一度、下手をしたら半年に一度程度のものだった。国内にいるのに、まるで海外に手紙を書くような、実に緩やかなやり取りだった。

 緩やかにそんな数年を過ごすうちに、半年だったスパンはじわじわ広がり、ふと気がつくと魔女との連絡はすっかり途絶えていた。魔女からきた手紙に、私が返信をしそびれたのか、私からの手紙に魔女が返信をしなかったのか。その辺りもすっかり曖昧になるくらい、自然とやり取りの関係は遠ざかっていて、ある日の仕事終わりに突然、その事実に気がついた。
 気がついた瞬間、無性に懐かしくなって、思わず便箋を買いにまだ開いていた文房具屋に駆け込んだ。そして何の飾り気もないシンプルなレターセットを買い、そのまますぐ近くのカフェに立ち寄って、便箋三枚に渡って自分の近況や悩みを述べた。ペンが止まらなかった。たくさん自分のことを書いてから、最後の最後、思い出したように少しだけ魔女の最近の様子を伺う内容を書き、その足でコンビニへ行き切手を買ってポスト投函まで、した。

 その手紙に返事がきたのは、私が手紙を出してから一週間も経たないうちだった。本当に、「すぐ」きた。休日の買い物を済ませて両手に荷物を下げたまま、封筒に並ぶ懐かしい魔女の字を見て、自宅のポストの前で泣きそうになった。急いで帰って、急いでハサミで封を切り、急いで手紙を、読んだ。
 魔女からの手紙は五枚に渡っていた。その内容は終始、私の手紙の内容を受けていて、悩みに寄り添い、問いに答えたものだった。私はいつかのB4のプリントを思い出した。

 最後の最後、追伸で「最近はここによくいます」と住所が書かれていた。封筒に書かれた魔女の家の住所とは異なるものだったので、不思議に思った。少し行儀が悪い気もしたけど、書いてくれたということは知らせる意思があったのだと踏んで、私はその住所をインターネットで検索してみた。

 「…病院」

 すっと背中が冷たくなるのを感じた。慌てて最寄駅からの行き方を調べた。電車で1時間。時計を見る、まだ面会時間には間に合う。そのままの足で鞄を掴み、携帯と財布だけ入っていることを確認して、手紙を持ったまま家を飛び出す。

ーー魔女のはずでしたが、少し前に引いた風邪の呪いを受けて、最近はここによくいます。◯◯県◯◯市…ーー

 魔女の手紙はそんな風に結ばれていた。
 魔女は自分が魔女と呼ばれていることに、いつ気がついたのだろう。いくつになっても敵わないな。そしてやはり私は、魔女が好きだな。そんなことを思いながら、呪い返しの方法に考えを巡らせ、電車の中で手紙を握りしめた。


(2128文字)


=自分用メモ=
自分にも恩師がたくさんいる。モデルにした実在の恩師もいるが、これは完全にフィクションで、ふと思い浮かぶ顔があって一気に書き上げた。併せて、連絡を取ってみようという気持ちになったので、私も手紙を書いてみようと思う。そんな、日曜の夜。


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