【ショートショート】 夏をつなぐ
「だからさ、ちょっと夏に関連する話をしようよ」
電話口で、けらけら笑いながらミチルは言う。
「何、夏に関連する話って」
「夏らしいことできてないから、夏の好きなとことか言い合おうよ」
「…というと?」
「蚊取り線香の匂いとか、夏っぽくない?」
「まあ、夏の匂いだね」
「かき氷の削る音は?」
「夏っぽい音、だ」
「うんうん」
「蝉の抜け殻の、握ったら崩れそうな感じは?」
思いついたことを適当に言ったら、何それやだあとミチルは心底嫌そうに言う。その顔が容易に想像できて、思わず笑ってしまう。
毎日茹だるように暑い。日中なんて、本当に外を歩いているだけで汗が止まらなくなる。
出先で不意にきた着信に応じるべく、たまたま近くを歩いていた公園に入り、たまたま近くにあった木陰のベンチに腰をかけて、慌てて通話ボタンを押したのが数分前のこと。
本当は、着信があったことそのものにひどく驚いていたけれど、私は素知らぬフリをして「よう」と電話に出た。
ミチルもその空気を察したように、「よう!」と機嫌よく返してきた。
「何か他にないわけー?」
「涼しい教室の中から見る、校庭を走ってるやつへの優越感とか」
相変わらずひねくれてるね、あんたは…とミチルは呆れたように言う。
「夕立が来る前の、雨の匂い」
あ、いいね。声が少し明るくなる。
何でもいい。本当に、何だっていい。ミチルが楽しそうにしてくれるなら、私もこの地獄のように暑い中、電話に出た甲斐があるというものだ。
「…部活帰りのパピコ」
「わけっこするヤツだ」
「美味しいんだよねえ、あれ」
次買う番は、ミチルだった気がするんだけど、と告げると、とぼけた声で「そうだっけ?」なんて言ってくる。思わず、コノヤロウ!と笑い合う。
仕方ないなあ、いいよ、あたしが買ってやんよとミチルは笑い、何でもないように言葉を続ける。
「退院したら、奢るからまた食べようよ」
「…ハーゲンダッツでもいいよ」
私も、何でもないように返事をする。調子に乗りすぎでしょ、というかハーゲンダッツはわけっこできないからやっぱりダメ!と電話越しで騒ぐ声に、少しだけ鼻の奥がツンとする。
「海にも行こうよ」ミチルが言う。
「いいよ」私は間髪入れずに答える。
「川にも行こうよ」
「いいよ」
「ディズニーも行こうよ」
「いいよ」
「絶対ね」
「絶対、ね」
口元まで、「早く退院しておいでよ」と出かかったけれど、それはきっとミチルが一番願っていることだろうから、言わずにいてあげた。
私にできることは、ただ待つことだけだ。
夏休みが始まる少し前に、体調を崩したミチルは、あれよあれよという間に弱って入院することになった。
病名や症状などは、一切聞いていない。ミチルが言いたがらないから、今は聞く必要がないのだろうと判断している。
束の間の沈黙の後に、ミチルが言う。
「スイカ割りとか…バーベキューとか…もはや焼肉を食べるだけでもいい」
あー夏っぽいー!と吐息混じりに言う彼女に、食べることばっかりだなあと私は笑う。
夏が、過ぎていく。
私たちの、一生に一度だけの、夏が。
ミチルが退院したら、全部行こう全部やろうと、暑い暑い夏の日に、木陰で汗を拭いながら私は勝手に心に決めた。
(1278文字)
=自分用メモ=
友達って良い。最近そう思うことが本当に増えた。幸せなことだ、本当にありがたいことだ。良いことも悪いことも、全部お互いにまるっと受け入れて、これからも大切な人たちを大切にしていきたい。そんなこと思いながら、少し体調を崩しているあの子を思って書いた。
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