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【ショートショート】 私の中の海

ついさっき、怪我をした。

数年ぶりの怪我らしい怪我で、あまりに久しぶりに自分の血を見たものだから、必要以上に驚いた。

怪我らしい怪我とは言ったものの、実際別に大したものではない。
ハサミを使っていたときに、少し手元が狂って左手の指先を切った程度のものだ。

止血をするために、右手で切った指の付け根をぎゅっと抑える。ぐっと力が入ったことで、傷口の近くに集まっていた血がわっと盛り上がる。

それは記憶にあった色より深い赤で、私は私の中でどうやってこんなに赤いものが生成されているのだろうかと、真剣に傷口を眺めた。

過去に怪我をしたとき、その傷が少しずつ塞がってカサブタになり、そのカサブタが取れる頃にはすっかり綺麗に傷が消える様を、日々真剣に観察したことを思い出す。

あのとき私は、「皮膚が生まれる瞬間を眺めている」と感じた。いっときも見逃すことなく見守ることはできなかったけれど、暇があれば傷をみた。

私の体なのに、私は何もしていない。
それでも刻一刻と傷は治っていく。まるで魔法のように、ゆっくりそして着実に。これに気がついたとき、「私の意識の範疇を超えた大きな力」が、私に作用していると強く感じた。
これは非常に興味深い出来事だった。

私は、見えない私、、、、、によって生かされている。見えない私、、、、、は、こちら側の私のことなど一切気にすることはなく、ただひたすら「生きる」ことに常時一生懸命なわけだ。

本当に不思議な感覚だった。

そんなことを思い出しながら、ふと「血の生まれる瞬間」は見たことがないなあなんて思う。

傷を押さえていた指が少し疲れてきた。そろそろ血は止まっただろうか。

ティッシュで拭いた後、溢れたままになっていた血を、そっと右手の力を緩めつつそっと舐める。何ともいえない気分になる。

そうか、血の味はこんな感じだったか。
命は、しょっぱい。

私は改めて奇妙な感動を覚えつつ、まじまじと傷をみる。見えない私、、、、、は今頃また一生懸命この傷をどうやって治すか努めているはずだ。

途方もない力だ。
ふと海を見たときの感覚に似たものを、感じる。

私は、血と同様に「海の生まれる瞬間」を見たことはない。

あの膨大な水は、一体どれだけの力を持ってして、あんなに大きく波打ったり泡だったりしているのだろう。

ただひたすら「寄せて返す」ことに常時一生懸命な、想像もできないくらいの大きな力が「海」にはあるのだ。

指先の血は、概ね止まったらしい。
こちら側の私は、ただ静かに息をする。自分の胸が、どきどきと脈打つのを感じると共にそこに見えない私、、、、、を感じる。

私は、私の指先に「私の中の海」をみた。


(1092文字)


=自分用メモ=
最近自分の身に起きたことや、自分が目にしたことをテーマに組み込んで書いてみた。絵としては、ただただ指先を怪我した女が、その指先を見つめているだけのものになるかと思うのだが、その沈黙の中に見えるものを描いてみたかった!

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