【ショートショート】 春吹く窓辺で
「中島ちゃーん。次の数学の課題、終わってたりしない?」
休み時間になると、青木さんが声をかけてきた。
終わってたりしない?なんて聞いておきながら、彼女は私が課題を終わらせていることを、ほぼ確信して聞いてきている。多分。
「あ…うん、終わってるよ」
「よかった!ごめんだけど、お願い!見せて!」
手のひらを合わせて、ごめんのポーズをしながら、大して悪びれた様子もなくそんなことを言う。まあいつものことだ。
そしてそんな青木さんの様子を見て、便乗した数名が「私も見せてー」なんて言いながらワラワラと群がってくる。これも、いつものこと。
「合ってるかわかんないけど」
「良いの良いの、提出に間に合えば」
わあ助かる、ありがとうー。あんたも見せてもらいなよ、えーいいの。これで間に合うわ、あー良かった。
他人の解いた問題の答えを写して、ただ提出するという一連の「作業」に何の意味があるのかわからないけれど、私は別に困らないので、適当に笑って頷いて乗りきる。
高校生活が始まって、まだひと月も経っていない。
元々積極的に人と話すタイプではないし、特に仲良くなれそうな人も、仲良くなりたいと思える人も見つけられていなかった。
そうこうしているうちに、クラスの中でわりと声の大きな人たちに話しかけられ、一度ノートを貸して以降、ほぼ毎日それを求められるようになった。
貸してと真正面から言ってくる青木さんは、まだ許容できるけれど、そろそろ青木さんに便乗してくる「その他大勢」が煩わしく思えてきた気がする。
彼女たちはさておき、私はこれでいいのだろうか。
チャイムが鳴って、あっという間に先生がやってきていつものように授業が始まった。
内容はさて置き、授業の空気感は中学校と比べてもさほど変わらない気がする。
「…ねえ、窓開けていい?」
授業開始からしばらくした頃、隣の席の吉井さんが小さく声をかけてきた。
青木さんたちの件をどうしたものかと、ぼんやり窓の外を眺めて考えていた私は、間の抜けた返事をする。
「へ、ああ。うん」
「ありがとう」
今日ちょっと風が強いから、もしかしたら迷惑かけるかもと思ってと、窓を開けた後に彼女はそう言い添えた。
さあっと風が教室に吹き込んできて、私は慌ててめくれそうになった教科書を押さえる。
それを見ていた吉井さんは、「ほらね」というような顔をして首をすくめた。
ほんの一瞬のことだけれど、人懐っこいその表情を見て、いい顔をする人だなと思った。
思わず、ふふっと笑った私を見て、吉井さんも教科書を立てた陰でちょっと笑っている。
そんな私たちを、少しぬるい風が不定期に撫でていく。
私はそのまま、自分の席からぐるりと教室を見回した。
黒板の前では、先生が変わらず熱心に何かを話している。
その先生の言葉を聞き逃すまいと、真剣に授業を受けている人。うとうと居眠りをしている人。何かを一生懸命に書いている人。
ゆっくり、それでいて止まることなく確実に流れていく時間。
ああ、私はいま高校生なのだと不意に実感する。
黒板には、つらつらと白い刻印が増え続けている。
どれも教科書に書いてあることだなと思いつつ、どうやら今の私の仕事はそれを写すことらしいので、とりあえず私のノートにそれらを書き刻む。
こっそり青木さんの方を見ると、私が貸した数学の課題を書き写しているようだった。
この後、次はこの授業のノートを見せてくれと言いにくるのだろうか。
何だか、上手く言えないけれど漠然と「もったいないな」と感じた。
この空間には、こんなにも見るものや考えることがあるのに──。
窓の外からやってくるぬるい風は、今なお教室をかき混ぜ続ける。
そっと隣をうかがうと、せっせと黒板を写しながらちょくちょく窓の外を見ている吉井さんがいる。
何となく、彼女とはもう少し仲良くなってみたいと思った。
そして同じくらい何となく、もう青木さんたちにノートや課題を貸すのはやめようと、思った。
(1630文字)
=自分用メモ=
別にみんな、優しさだけで他人からの依頼を受けているわけではない。そこには多少の諦めや無関心があることも、往々にしてある。いろんな選択肢があって、流れや雰囲気で選んだものを、未来永劫貫き続ける必要だってない。
万事決断の瞬間は、各自の手の中に握られている!
各々が、自分の人生にとってできるだけよい選択をしていけますように、という祈りを添えて。
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