【ショートショート】 torch
その森には、青い小鳥がたくさん集まる木々があった。
青い羽を持つ小さな命たちが、群れをなして生き、日々楽しそうに綺麗な声で鳴いている。
そんな中、ポツンと一羽だけ橙色が鳥がいた。
生まれたときから、彼女の羽根の色は周りと違った。
「何でお前は、そんなに目立つ色なんだろう」
彼女の母は、困った顔でそう言いながらいつも首を傾げていた。
望んでその色に生まれたわけではない彼女は、そう言われても答えは持ち合わせておらず、「わかんない」と笑うしかなかった。
彼女は、その灯りのような羽根の色と持ち前の明るい性格から「トーチ」と呼ばれた。
周りと羽根の色は違うけれど、彼女はそのことに関して「自分にどうこうできることはない」と早々に悟っていて、あまり気にすることはなかった。
正確にいうと、気にすることがなかったというよりも、トーチにはそれ以上に気にすべき重大な困りごとがあった。
綺麗な声で歌うことは、彼らの種族において仕事でありコミュニケーションの手段であり、生き甲斐そのものだ。
毎日毎日、繰り返し同じようなフレーズを練習して、一生をかけて口伝で彼らの歌を彼らの子孫に歌い繋ぐ。
歌うことは、彼らの生きる理由だった。
トーチももれなく、生まれた瞬間からその「生きる輪」に加わっている。
羽根の色こそ違っても、彼らは同じ仲間であり、「歌うことは生きること」だから、それは至極当たり前のことだった。
ただ、トーチは歌が得意ではなかった。
兄弟や友人たちが、半日の練習で会得し軽やかに歌いきれるフレーズを、彼女は三日かかっても歌えなかった。
「何でお前は、そんなに上手く歌えないんだろう」
彼女の父は、呆れた顔でそう言いながらいつも不機嫌そうだった。
望んでそうしているわけではない彼女は、そう言われても答えは持ち合わせておらず、「わかんない」とうつむくしかなかった。
周りの仲間は、どんどん新しい歌を練習していく。
歌の道に取り残されて、周りとは別な旋律を練習をするトーチは一羽で練習をするために、たびたび森の外れの大きな木まで行った。
その道中、彼女は風を聴き、風を見て、風に乗る。
風に乗れるとだんだん楽しくなってくる。
風をつかむと、ぐんぐんとスピードが上がり、あっという間に森の外れまでたどり着く…。
この時間がたまらなく好きで、歌の練習をするためと言いながら、トーチは飛ぶことに惹かれている自分を自覚した。
個人練習という大義名分のもと、少しずつその距離を伸ばし速度は増す。
周囲のみんなは、自分が歌えるものだから、トーチが一羽で練習する理由に想像がつかない。
「またトーチがさぼってる」
「ああ、またトーチがいない」
日々そんなやり取りがなされるものの、トーチの耳にそれが直接届くことはなく、また彼らもそれ以上、彼女に関わることはなかった。
トーチは今日も、空を飛ぶ──。
ある日彼女は、いつものように出かけた森の外れの大きな木で、見たことのないふわふわした生き物に出会った。
「あんた、こんなところに一羽で何をしてるんだ」
その生き物は、ひどく驚いたような声で、ふわふわしている尻尾のようなものを逆立てて問う。
「私はここに、歌の練習をしにきたよ」
自分と同じくらいの背丈の相手に、まっすぐ目を見てトーチは答える。
ふうんと、もの珍しそうにトーチを見てしばらく様子を伺っていたが、不意にその生き物は口を開いた。
「ねえ、あんたたちの仲間は歌えるんでしょう。教えてよ。僕、実は歌うことが好きなんだ」
次はトーチが驚く番だった。
よりによって、歌を教えて欲しいと言われるなんて!
人生で初めて言われる言葉に、舞い上がりそうなほど嬉しく思った後、上手く歌えないことを思い出してしゅんとなる。
「私、歌が上手くないの。だからここで練習をしてて…」
相手をがっかりさせてしまうだろうかと、不安に思いながらトーチはそう言った。
「大丈夫、やり方さえ教えてくれたら、僕も自分なりに練習できる。僕は飛ぶことしか取り柄のないやつだから、他にもいろんなことをしてみたいんだよ」
飛ぶことが取り柄だなんて、最高なことだ!とトーチは思った。一気に親近感を持った彼女は、良いことを思いついた。
その日から、ちぐはぐで不思議な一羽と一匹の関係が始まった。
飛ぶのが得意だという彼に、飛び方を教わる。その代わりに、トーチはこれまで習った歌い方を教えた。
ときどき一緒に歌ったり、高いところから並んで飛んだりした。トーチは初めて、「理解し合える友達」ができた気がした。
トーチが上手く歌えなくても、彼は決して笑わなかった。むしろ自分にはできないことだと、さほど上手くもない歌をいつも褒めてくれた。
嬉しくて涙が出そうになるなんて、トーチには初めての経験だった。
また、彼は翼こそないが、確かに飛ぶことがうまかった。小さな手足をぐんと広げて、めいっぱい風を抱きしめる。
「僕は滑空しているだけで、あんたのようには飛べないんだけどね」
それでも、少しでも遠くへ、少しでも速くと思っていろんな翼のある生き物を見て研究をしたんだよ、と照れくさそうに続ける顔を信頼して、トーチは貪欲に学び続けた。
ある日、トーチは仲間の小鳥に、彼の話をした。
話を聞いた友人は、「歌もまともに歌えない君が、翼のないモモンガに飛び方を教わるだなんて」と心底馬鹿にしたように言った。挙げ句の果てに、周囲にいた仲間に言いふらし、みんなで大いに笑った。
言葉だけを聞くと、確かに面白いかもしれないなと、トーチはその場でみんなに合わせ少しだけ笑った。
そして、もう二度とこの話はしないと決めた。
ゆるり、月日は流れる。
トーチの歌は相変わらずの出来で、周囲はもうそれが当たり前と見なし、彼女はすっかり「落ちこぼれ」のレッテルを貼られていた。
彼女は今や、一羽で歌の練習をするためではなく、遠くへ速く行くために飛んでいた。
そしてすでに、三つ向こうの山まで飛べるようになっていることと、仲間の誰よりも速く飛べるようになっていることを、歌う仲間の中に知るものはいなかった。
あるとき、とある山の中で火事が起きた。
それをはじめに見つけたのが、トーチだった。遠くまで飛んだ帰りのことだった。
モモンガの友人を出会いのきっかけに、トーチはいろんな生き物と仲良くなり、「火が危険なものだ」と言うことを十分知っていた。
トーチは、空を飛ぶ。
誰よりも速く、その事件を仲間へ知らせるために。そして彼女を笑った仲間を、守るために──。
(2673文字)
=自分用メモ=
人外を主役にしたかったのと、英語のタイトルを付けてみたかったのと、伏線を張る練習をしたかったのだけど手詰まり!笑
オチは読めるものだろうとバッサリ割愛してみた。トーチの理由が色だけになったのが惜しかったなあ。
どんな生き物にも、きっと「得手不得手」はあるのだろうなというところに着眼して書いた。だがしかし!文字数の多さと内容の少なさを見て、未だかつてないくらいに納得のいかない仕上がりになってしまった。反省。
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