【ショートショート】 俺たちの「いつも」
八時過ぎ。いつもの時間。
いつもの電車、いつもの車両。
ホームから改札までの通路、俺の少し前を行くいつもの制服。
たまたま、あいつの「いつも」と俺の「いつも」が一致しているだけで、それ以上でも以下でもない。
改札を出てすぐにある、コンビニの前を過ぎるあたりで俺はあいつに追いつく。そのまま追い越そうとする俺に、あいつは気がついて声をかけてくる。
「あ、鈴浦おはよ」
「…おう、おはよ」
別に呼び止められたわけでも、特別な用事があるわけでもないけれど、そのまま何となく並んで歩きながら教室まで向かう。
俺としては、深い理由があるわけではない。同じクラスだし、席も近くてわりと話す仲だからそうしているだけだ。
「鈴浦、今日は一時間目の課題やったの」
「やってるわけない」
「でしょうね、知ってた」
出席番号的に、絶対今日当たるってわかってんのに…と、心底呆れたというような目で、瀬口は俺をじとりと見る。
俺はその視線に気がついて、何となく居心地悪くなり、誤魔化すようにあくびをする。こういうのもまあ、いつものことだ。
「…あくび、うつってやんの」
ちらりと横を見ると、口元に手をやりあくびを噛み殺している瀬口に気がついて、少しだけからかう。
そんな俺を気にした様子もなく、「あくびがうつるって本当なのかな。これ、何でだろうねえ」なんてふわふわした呑気な返事がくる。
こういうとき、「ばか」とか「うるさい」とか言わないところが、瀬口の良いところだと思う。…もちろん、友達として。
そこから教室までの道のりは、何を話しているのか後から思い出そうにも、パッと出てこないような他愛のない話で、それでいうと俺たちはいつも、それくらいの話しかしていない気がしてくる。
校門をくぐって校舎に入り、下駄箱で靴を履き替えて、何となくお互い待つともなく待って、何となくそのまま教室まで向かう。
何も変わらない、いつものことだ。
「そういえば私、今日多分日直だ。クラス日誌持って行かなきゃだから、職員室寄っていくね」
「おう」
そう言われて、返事をしながら声のする方を見た頃には、「あ、おはようー!」なんて他の人に挨拶している。
そんなあいつの横を、俺はそのまま通り越して教室を目指す。
あいつが挨拶していた相手、何て名前だったっけな。
いつだったかあいつが、バレー部かバスケ部かの部長をしているんだって言ってた気がするけど、俺にはあまり関係がないことなので覚えていない。
本当に、それ以上でも以下でもない、「いつも」の光景。
それでも、そのはずだけれども、何となくあいつが俺に「おはよう」と言っていたときよりも、声のトーンが明るかったような気がしないでもなくて、理由はわからないが心の隅がざわりと毛羽立つのを自覚する。
俺にはそれすら「いつも」のことだから、その差がどういう意味を持つのか、だんだんわかるようになってきた気がする。
わかってもなお、俺は俺の「いつも」を過ごすことを望んでいるから、別にこれはこれで何も問題はない。
毛羽立った心を、ぐいと力任せに撫でつけて、俺は一人で教室を目指す。
それだけのこと。何も大したことではない。
ただ。
ただ、これから先もできることならば、この「いつも」が一分でも一秒でも長く続くようにと、それだけは静かに祈っている。
(1360文字)
対になるお話しはこちら↓
=自分用メモ=
気がついていても、気がつかないフリをしたり、知っていても、知らないフリをしたり。それらはときどき、自衛のつもりで自縛するような効果を持つ。そういう言葉にしきれない感覚を示したくて書いた。
果たしてあのときの強がりは、自分のためだったのか、あいつのためだったのか…。それに気がつくのは、いつになるのか。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
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