『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』について


1.はじめに

大型プロジェクトの実績はなぜそこまでお粗末なのだろう?そしてさらに重要なことにごくまれな、興味をそそる例外についてはどうだろう?
(中略)
私は計画管理学の教授として、長年これらの難問に答えを出そうとしてきた。またコンサルタントとして、長年その答えを実践しようとしてきた。本書ではこれらの成果を紹介していこう。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 序章 ”夢のカリフォルニア”――ビッグアイデアの生死の境目 "8年前倒し、予算内完結の「普通でないプロジェクト」"より

本書ではプロジェクトの失敗と成功をもたらす、普遍的な要因を考えたい。本書(原書)の題名にもそのねらいが表れている。
「How Big Things Get Done(大きいことをやり遂げる方法)」は、誰の目から見ても大きい、メガプロジェクトの研究と運営を通じて、私が得た専門知識を指している。
だが、「大きい」とは相対的な概念だ。私たち一般人にとっては住宅リフォームが、生涯で行う最も効果で複雑で困難なプロジェクトかもしれない。
そして私たちにとっては、リフォームを正しくやり遂げることが企業や政府にとってのメガプロジェクトと成功と同じか、それ以上に重要になってくる。だから、それは間違いなく「大きいこと」だ。
 では、そうした大きいプロジェクトの成否を分ける普遍的な要因とは、いったい何だろう?

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 序章 ”夢のカリフォルニア”――ビッグアイデアの生死の境目 "8年前倒し、予算内完結の「普通でないプロジェクト」"より。太字強調は書籍のもの

今回紹介する書籍は、『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』になります。プロジェクトに関する数値や実例をもとに紹介されています。

あとで紹介するように、最近のデータには、小さいが重要な新傾向が見られるが、大まかな構図は変らない。予算内・工期内に完了するプロジェクトは、全体の8.5%に過ぎない。
予算・工期・便益の3点ともクリアするプロジェクトは、わずか0.5%だ。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 1章 ゆっくり考え、すばやく動く"「予算超過、期間延長、便益過少」の繰り返し" より。太字強調は書籍のもの

2.この書籍の主題

プロジェクトは承認され、期待と興奮の中で工事が始まる。だがたちまち問題が噴出し、進捗が遅れる。さらに多くの問題が発生し、さらに進捗が遅れる。
プロジェクトはズルズルと長引く――。私はこのパターンを「すばやく考え、ゆっくり動く」と名づけた。
(中略)
これが、失敗するプロジェクトに共通する特徴だ。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 序章 ”夢のカリフォルニア”――ビッグアイデアの生死の境目 "心理と権力――ビッグアイデアの成否の要因"より 太字強調は書籍のもの

本書のはじめに、「ビジョンを計画に落とし込み、首尾よく実現させるにはどうしたらいいのだろう?」と問いかけた。これから見ていくように「ゆっくり考え、すばやく動く」がその答えになる。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 序章 ”夢のカリフォルニア”――ビッグアイデアの生死の境目 "始まる前から「完成」していた"より 太字強調は書籍のもの

この書籍の主題は、かなりの部分が以上の2つの引用部に集約されると思います。

3.印象に残った所

書籍の内容は冒頭に紹介した内容を実際に行われたプロジェクトを例に説明しながら、後半ではとんでもない失敗に陥りにくいプロジェクトタイプを紐解き、プロジェクトを成功に導くための方法を示しています。

プロジェクトを素早く完遂するための正しい方法として、プロジェクトが2つのフェーズに分かれていると考えてほしい。
(中略)
最初のフェーズが、「計画(プランニング)」、次が「実行(デリバリー)」だ。
(中略)
ほとんどの場合、計画はコンピュータや紙、物理的な模型を使って立てられるから、このフェーズはそれほどコストがかからず、リスクも少ない。
余裕があれば、計画にたっぷり時間をかけても問題ない。しかし、実行となると話は別だ。実行フェーズでは大金が投入されるため、プロジェクトがリスクにさらされやすくなる。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 1章 ゆっくり考え、すばやく動く"もっと「前」に時間をかける" より。太字強調は書籍のもの

シドニー・オペラハウスの設計は、1人の天才建築家から生まれた。彼の名はヨーン・ウッツオン。オペラハウスの国際設計コンペで優勝したときほぼ無名の存在だった。
グッゲンハイム・ビルバオもまた天才から生まれた。真に独創的で、どんなカテゴリーにも属さない建築家、フランク・ゲーリーが設計したこの建物は、彼の最高傑作と言っていいだろう。
だがこの2つには大きな違いがある。それも大きな違いだ。
シドニー・オペラハウスの建設は、正真正銘の大混乱に陥った。次から次へと問題が発生してコストが膨張し、当初5年の設計が14年を要した。総工費は当初見積もりの15倍を超えたが、これは1つの建造物として史上最大の超過率である。さらに痛ましいことにシドニー・オペラハウスはウッツオンのキャリアを破壊した。
対してグッゲンハイム・ビルバオは、予算内かつ工期内に完成した。正確にいうと、コストは予算の3%下回った。また期待を上回る便益をもたらし、1章で見た、予算、工期、便益の3拍子揃った、稀有な「0.5%」プロジェクトの1つに数えられる。この大成功によって、フランク・ゲーリーは世界的建築家にのし上がり、その後の世界中のクライアントから依頼を受け、数々の傑作を生み出し続けている。
これらの対照的な事例から学ぶべきことは多い。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 4章 ピクサー・プランニング――アイデアは「灰色のモヤモヤ」から始まる より 太字強調は書籍のもの

グッゲンハイム・ビルバオとシドニー・オペラハウスの計画立案の違いは、いくら強調しても足りない。前者はプロジェクトを成功させる「ゆっくり考え、素早く動く」の模範例で、後者はプロジェクトを失敗させる「すばやく考え、ゆっくり動く」の悲劇的な例である。その意味で、これらの傑作の物語は、建設だけにとどまらない、多くのことを教えてくれる。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 4章 ピクサー・プランニング――アイデアは「灰色のモヤモヤ」から始まる "設計変更ゼロの「波打つ壁の76階建てタワー」"より 太字強調は書籍のもの

この書籍では、2つの建物(シドニー・オペラハウスとグッゲンハイム・ビルバオ)を完成までの過程を比較して説明しています。引用部分にある通り、2つの事例は対照的な事例だと感じました。

より基本的なことを言うと、経験が活用されないのは、経験がどれほど判断の質を高め、プロジェクトの計画立案や運営をどれほど向上させるか十分に理解されていないからだ。
 アリストテレスは経験を「歳月の果実」と呼び、経験こそが「フロネシス」の源だと説いた。フロネシスとは、全体にとっての善が何であるかを知り、それを実現する能力、すなわち「実践知」である。アリストテレスは、フロネシスが「知性的な徳」の中で最も重要だと考えた。かれが正しかったことは、最近の研究でも裏付けられている。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 5章 「経験」のパワー ――最初から「貯金」がある状態で始める "経験は「どの場面」で生きるのか?"より

プロジェクトと趣は異なりますが、個人的な経験則として読書も「経験」(≒読んだ本の数)が生きる場面があると思います。例えば、"本を買う際の判断基準"や"本を理解するための理解力"も「経験」として得られると思います。


『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 5章 「経験」のパワー ――最初から「貯金」がある状態で始める "「反復」が上達をもたらす"の一部分

"本を理解するための理解力"を説明する例として、視覚的に分かりやすい例として、本書のスクリーンショット画像を掲載します。赤色、青色、黄色でのマーキングは読んだ際に私がつけたもので、マーキングの仕方として、赤色でマーキングされた"では、エンパイア・ステート・ビルは、~価値がおとしめられただろうか?"の内容は、次に続く"とてもそうは思えない。~――不要なリスクを負わずに――勝ち取った。"の文章で否定されているので、青色でマーキングし、その次の"すべての大型プロジェクトが、~、経験を最大限に活用することである"が重要なポイントであると判断し、黄色でマーキングしています。このように文章の構造を読み解き、その部分の文章が何を言いたいかを理解する際に「経験」は活用できると思います。
もちろん単純に知識量が増える他に、"新しく読んだ本の内容が過去に読んだ本の内容を補強・補間される"といったことが発生します。
なお、スクリーンショットした部分に名前が挙がっているエンパイア・ステート・ビルに関するデータも紹介されています。

エンパイア・ステート・ビルの建設費用は5000万ドルと見積られた。実際の総工費は4100万ドル(2021年の6億7900万ドルに相当)と、予算を17%、2021年の金額で1億4100万ドルも下回った。建設が完了したのは開業式の数週間前である。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 5章 「経験」のパワー ――最初から「貯金」がある状態で始める "経験は「どの場面」で生きるのか?"より。

一方の極――誰も行きたがらない恐ろしい場所――には、核廃棄物貯蔵、オリンピック開催、原子力発電所建設、ITシステム構築、水力発電ダム建設が並ぶ。
これらはどれも典型的な「1つの大きいもの」型のプロジェクトだ。
そしてもう一方の極にあるのが、ファットテールのリスクにさらされない、幸運な5タイプだ。これらは(境界線にわずかに届かないパイプラインも含め)どれもモジュール型である。また、太陽光発電と風力発電がほかを大きく引き離して優位に立っていることがわかる。
そしてこれらはモジュール性がきわめて高い。
(中略)
パターンは明らかだ。モジュール型のプロジェクトは、ファットテールの餌食になるリスクがずっと低い。つまりモジュール型のプロジェクトは、スピード、コスト、リスクのすべての面で優位に立っている。これはきわめて重要な事実である。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 9章 スモールシング戦略 "「反復」をあえて埋め込む"より

余談ですが、"ファットテール"という用語を検索したところ、資産運用に関するページが引っかかったので、その辺りの分野では知られた用語であると考えられます。

参考 裾の重い分布

自動車はモジュール性がきわめて高い。そして最高級、最先端の自動車もレゴ方式で組み立てられるが、美しく高品質の車がないなどと文句を言う人はいない。「モジュール」「美しい」「高品質」はすべて同時に成立する概念なのだ。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 9章 スモールシング戦略 "「効率的」「美しい」「高品質」はすべて成立する"より 太字強調は書籍のもの

自動車ではありませんが、モジュール性という観点だと米国のM4中戦車のモジュール性の高さを思い出しました。

一見すると平凡極まりなく、ともするとその能力の低さゆえ安かろう悪かろうと見られがちな本車だが、その本領は数字で表せないところにある。シャーマンのコンポーネントには民間メーカーの部材が大量に使われ、エンジンも航空機用の星型空冷エンジンからトラック用の水冷ディーゼルエンジン、果てはバス用の水冷ガソリンエンジンを搭載、M4A3でようやく戦車用の水冷エンジンが積まれたほどであった。M4~M4A6までの型式はおおよそエンジンによって区分されているが、そのほとんどが民間のエンジンである。エンジン製造元に近いところで組み立てが平行で行われたこともあり、基本的には製造工場単位で異なる型式となる。後年、装甲、内部の装備も製造単位で微妙に異なるだけでなくその後の改良も独自で行われるなど、その生産台数に応じたバリエーションを見せており、すべてを把握するのが困難なほどである。

まぁわかりやすくいうと、現代の組み立てPCと同じで、規格さえ合致していればメーカーが違うエンジンでも搭載できるという工業製品として優れていたお陰で機関部分の故障は少なく整備も容易で、未熟な乗員だけでも運用することができた。この機械的信頼性と整備性の良さがシャーマンの最大の長所である。

ニコニコ大百科 M4中戦車 "特徴" より引用
M4中戦車
https://dic.nicovideo.jp/a/m4%E4%B8%AD%E6%88%A6%E8%BB%8A

このレベルのモジュール性の高さを第二次世界大戦の時点で可能だったという所はなかなか重要だと思います(これは当時の米国の発達したモータリゼーションと工業力がなせる技であったと思います)。

4.感想・誰に勧めたい本か

この書籍では、計画立案の重要性と、なぜ計画立案がおなざりにされるのかということが説明されており、非常に参考になります。特に権力のある方の「思い付き」は止めることが難しいので、そのような意味でも、そのような立場の方は、この本は読んでおいた方が良いと思います。

あるときジェフ・ベゾスは「ジェスチャー操作に対応する(これも手かざしだ!)3D搭載機能のスマートフォン」というアイデアを思いつき、これに惚れ込んだ。
(中略)
ファイアフォンは2014年6月に約200ドルで発売されたが、売れ行きはかんばしくなかった。
(中略)
1年度、アマゾンはファイアフォンの販売を終了し、数億ドルの損失を計上した。
(中略)
「なぜ?」という問いかけが意味を持つのは、全員が気兼ねなく発言でき、意思決定者が聞く耳を持っているときだけだ。「多くの関係者がファイアフォンはうまくいくはずがないと思っていた」と、ジャーナリストでアマゾンに関する本を数冊書いているブラッド・ストーンは結論づける。「だが頑固なリーダーに議論を挑み、打ち負かすだけの気概や賢さをもつ者は1人もいなかったようだ」

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 3章 「根本」を明確にする "「クールなアイデア」は無料でもいらない"より 太字強調は書籍のもの

なお、この書籍には、似たような事例として、スティーブ・ジョブズ氏の事例(パワーマックG4キューブ)も掲載されています。

また、別の書籍でも似たような事例が掲載されていましたので、その書籍の紹介noteにて該当部を引用しているため再度引用します。

参考note:『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』について


記者へのプレゼンが大成功したおかげて記者会見後に岩田氏は、販売店へのプレゼンの順番を変更して、記者へのプレゼント同じ流れにしたいと土壇場で私に言ってきた。
(中略)
最終的に岩田氏が折れて、当初の通りのプランで行くことにしてくれたが、このとき彼は私に少し失望したような気がした。彼からすれば私にただイエスと言って、グローバル・プレジデントとしての自身の要望を尊重してほしかったのだろう。だが私は、ビジネス、そして組織にとって正しいことをしなければならない。「ゼルダ」というゲームを理解してもらうことが、私たちのマーケットにとって何より重要だった。販売店がこのゲームに夢中になってくれたら、ゲーム機のWiiも盛り上がるだろう。
(中略)
スケジュール通りスタートする数時間前に構成が決まっているプレゼンを大きく変えれば失敗するのは目に見えている。そうなればチームと私の責任となる。誰が変更を指示したのか追及するどころの騒ぎではなくなる。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第5章 改革と決断に必要なのは「自分を信じる勇気」 "正しいと思ったら貫き通す"より
なお、こちらは2006年のE3の時のエピソードの模様で、引用部で「ゼルダ」と表記されているのは「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」のことです。

ジェフ・ベゾス氏、故・スティーブ・ジョブズ氏、故・岩田聡氏ほどの方でもこのようなことが起きるのであれば、我々でも起きてしかるべきだと考えた方が身のためだと思います。
また「プロジェクト」に携わる人(特にプロジェクトに関して重要な権限を持つ方や、プロジェクトマネジメントを行う方など)はもちろんのことですが、引用部にもあるように住宅のリフォームなどは個人にとって「大きいこと」ですので、普遍性のある内容ですので、それ以外の方も読んで損はないと思います。

また、後半に掲載されている発想(スモールシング戦略)は、私の感触とも合うと感じます。私は以前より特定の書籍に関するnoteを執筆していますが、元々、書籍に関するnoteを執筆し始めた時から"書籍を読む速度"と"書籍を紹介する文章を執筆する速度"の間にある程度速度差(前者の方が早い)があり、如何にnote執筆の速度を上げるか?という部分で試行錯誤を繰り返しており、その結果として全体的なボリュームを抑えて文章量をダウンサイジングしたり、noteの構造をある程度固定化したり、自分で執筆する部分を減らし、減らした部分を書籍からの引用に置き換えるなどしており("どこを引用するか?"に対する考慮が必要ですが、これは、"感想単独"より"感銘を受けた部分の引用"+"その部分を読んで感じた感想"の方が説得力が出るのではないか?"という執筆経験から得た考えによるものです)、本書に書かれていたアプローチと相性が良いと感じました。

5.余談

ナシーム・ニコラス・タレブはよく知られているように、めったに起こらないが、起これば甚大な被害をおよぼす事象を「ブラックスワン」と呼んだ。今あげたような破滅的結果に終わるプロジェクトは、関係者のキャリアを破壊し、会社を破綻させるといった、さまざまな悪影響を及ぼすことがある。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 1章 ゆっくり考え、すばやく動く "想定外が「予想通り」起きる"より。太字強調は引用者によるもの

某メタバースプラットフォームの公式番組を長きにわたり、毎週見ている身としては、聞いたことのある単語が出てきたので若干ドキッとしました。恐らく何の関連もなく、単なる偶然の一致だと思います。 

この余談のさらに余談になりますが、その"某メタバースプラットフォーム"つながりだと、提供している機能のうち、"ワールドクラフト機能"は触っていてモジュール性が高い機能だと感じました。

6.追記(2024年10月19日)

本noteを執筆以降、本書籍で触れられていた内容に関して、少し気になる動きがあったので、追記します。本note追記時点でホットなトピックである生成AIにも関わる内容です。
本noteで引用した書籍の内容に関して、「1つの大きいもの」型のプロジェクトとして挙げられていた中に、"原子力発電所建設"が入っていましたが、それに関する内容です。

原子力発電に代表される「1つの巨大なもの」方式はグラフの底辺を這う破線で、右肩上がりで急増する「多くの小さいもの」方式の風力発電と太陽光発電に惨敗している。
中国は、原子力発電に関する条件が世界で最も整っている決定的な事例だ。したがって、もし原子力発電の拡大が中国で成功しないのであれば、他国で成功する確率は低いと言わざるを得ない――ただし、原子力産業が自己改革を起こせば、話は別だ。
より明敏な原子力推進派が最近主張しているのが、これである。彼らは「1つの巨大なもの」方式の限界を認識し始め、原子力産業に根本的な方向転換を求めている。工場で小型原子炉のパーツを製造し、必要とされる場所に送って組み立て、建設現場を組立現場に変えることを提唱する。この方向が、当然のように成功のカギとして注目されているのだ。
 この種の原子炉の発電能力は、従来型原子炉の1割から2割にすぎない。だがさらに電力が必要なら、2基、3基と、好きなだけ追加していけばいい。この新方式の原子力発電は、その名もずばり、「小型モジュール炉(SMR)」である。
 これを書いている今、SMRはまだ実証段階にあり、最終的に期待通り機能するかどうか、またそれまでにどれくらいの時間がかかるのかはここでは推測しない。
 だが60年以上にわたる民生用原子力開発を経た今、原子力発電の――ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットなどの投資家の支援を得て――ようやく「1つの巨大なもの」方式から「多くの小さいもの」方式へと考え方をシフトしつつあることは、注目に値する。

『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』 9章 スモールシング戦略 "ゲイツやバフェットも「レゴ方式」を支持し始めた"より 太字強調は書籍のもの

引用部分に出てくる「小型モジュール炉(SMR)」に関しては、直近でいくつか気になるニュースになっていました。

生成AIでは膨大な電力が必要な技術ですが、その電力は発電方式によっては温室効果ガス(CO2)を生み出すため、それを避ける狙いがあると考えられます。生成AIに必要な電力を賄うため、SMRへの投資が進むことで、技術革新が起こり、有効な発電手段になりえる可能性はあると思います。
それに関連する内容として、旧来型の原子炉の再稼働のニュースとして流れてきました。

閉鎖された米原発の再稼働としては初で、人工知能(AI)ブームを受けた電力需要の急増を示す事例となった。
(中略)
スリーマイル原発1号機は1974年に稼働を開始したが、天然ガス火力発電の普及に伴い2019年に閉鎖された。同原発2号機は炉心溶融(メルトダウン)事故が発生して1979年に閉鎖されている。
2号機は再稼働されない。
対話型AI「ChatGPT(チャットGPT)」を運営する米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)やマイクロソフトの共同創業者ビル・ゲイツ氏ら大手テクノロジー企業の幹部らは、データセンターの増大する電力需要への解決策として原子力エネルギーを推奨している。

『米スリーマイル原発再稼働へ、マイクロソフトに20年の電力供給契約』記事からの引用

なお、引用部分に何度かお名前が出てきたビル・ゲイツ氏はアメリカのマイクロソフトの創業者ですが、現在は慈善家などとして活動されています。以下はビル・ゲイツ氏の書籍(地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる)からの引用です。

電気の場合、炭素を排出しない手段ですべての電力をつくるのにかかるのにかかる追加費用がプレミアムになる。炭素を排出しない手段とは、風力、太陽光、原子力や、発生した炭素を回収する装置を備えた石炭や天然ガスの火力発電所などだ
(中略)
残念ながら、これほど恵まれた国はほかにあまりない。アメリカには再生可能エネルギーが豊富にある。太平洋岸北西部の水力、中西部の強風、一年を通じて利用できる南西部とカリフォルニアの太陽光などだ。ほかの国では、太陽はあっても風がなかったり、風があっても年中ずっと日が照るわけではなかったり、どちらもあまりなかったりする。

『地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる』 第4章 電気を使う 年間五一〇億トンの二七パーセント より

7.紹介書籍・関連書籍

BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか? Kindle版

崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男 Kindle版

地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる Kindle版


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