『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』について


1.はじめに

任天堂という会社はゲームという分野に関しては、日本はおろか世界の中でもトップクラスのIPと実績を有する会社だと思います。そして、それらに携わられてきた方々も素晴らしい方々です。私はそのような方々に興味があり、そのような方々に関連する書籍をいくつか購入して読んでいました。私が読んだことがあるのは、任天堂の取締役社長を務められた、故・岩田聡氏(『岩田聡はこんなことを話していた。』、『ゲーム界のトップに立った天才プログラマー 岩田聡の原点: 高校同期生26人の証言』)、ポケモンの生みの親である田尻智氏(『小学館版 学習まんが人物館 ポケモンをつくった男 田尻智』)、十字キーの生みの親であり、「枯れた技術の水平思考」という言葉を遺された、故・横井軍平氏(『任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代』)に関する書籍です(なお、『マリオシリーズ』、『ゼルダの伝説シリーズ』、『ドンキーコングシリーズ』などの生みの親として知られ、2019年にゲーム関係者としては史上初となる文化功労者に選定された宮本茂氏に関しては、『岩田さん: 岩田聡はこんなことを話していた。』では同氏のインタビューが掲載されている他、『小学館版 学習まんが人物館 ポケモンをつくった男 田尻智』の解説を担当されており、いずれも読みました)。
今回紹介するのは、NOA(Nintendo of America)の社長を務められたレジー・フィサメィ氏の『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』になります。
(なお、同氏に関しては、Wikipediaは"レジナルド・フィサメィ"表記ですが、本noteでは『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』に合わせて、"レジー・フィサメィ"表記とします)

2.著者紹介

レジナルド・フィサメィ(Reginald Fils-Aimé、1961年3月25日 - )は、米国の実業家。米国任天堂(Nintendo of America)社長兼最高執行責任者(COO)兼任天堂本社執行役員を務めた。通称「レジー(Reggie)」。

米国のゲーム産業においては、EAのピーター・ムーアに並んで著名な人物である。『ゼルダ』と『バイオハザード』のファンである[1]。退職後の夢はビーチにスキューバダイビングの店を開くこと。ハイチ系アメリカ人。日本における愛称は「レジーコング」

Wikipediaのレジナルド・フィサメィ氏の項目より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B5%E3%83%A1%E3%82%A3

3.印象に残った所

色々と印象に残る所は多いですが、任天堂に関する部分を一部引用して紹介します。

岩田氏とのビデオ会議は30分用意されたが、それを大幅に超えた。部屋には通訳がいるのだろうと思っていたが、彼が1人だった。
(中略)
「レジー、任天堂は他の会社を理解しようと努めながら、独自のアプローチを取ることにしている。私たちは新たな体験を生み出し、独自のゲームを作っているんだ」
十字キーや3D画像、コントローラーの触覚フィードバック、4人で行うマルチプレイなど、任天堂がマーケットにもたらした過去のイノベーションについて、私たちは細かに語り合った。私は自宅にある任天堂のシステムで、これらすべてを体験していた。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第3章 ピンチかチャンスか?――任天堂からの電話 "岩田氏とのビデオ会議"より レジー・フィサメィ氏の任天堂への入社時の岩田聡氏とのビデオ会議の場面

始めて京都に行ってNCLの本社を訪れたのもこの頃だ。2004年1月のことで、NOAに入社してまだ8週間だった。
(中略)
今の言葉が日本語に訳されると、後から入ってきた男性が、ニンテンドーDSの試作品に集まった輪の中に入ってきた。「マリオ」、「ドンキーコング」、「ゼルダ」など、数多くの伝説的なシリーズを作った宮本茂氏だ。後から入ってきた宮本氏は、タッチスクリーンについて、私が質問しコメントするのを聞いていたのだ。私は脚が少し震えてきた。
「彼の言う通りだ」と宮本氏は日本語で言った。「タッチスクリーンを主役に考えたほうがいい。E3のショーケースで体験してもらうプランに全力で取り組もう。新たなシステムをフルに使い、消費者に向けて斬新なゲームを作っていく我々の力を見せてやろうじゃないか」
これが英語に訳された後で、彼はこう続けた。「ところであなたはどなたですか」
 こうして私は宮本氏に自己紹介した。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第3章 ピンチかチャンスか?――任天堂からの電話 "任天堂のカルチャーを学ぶ"より。
なお、引用部分の”E3”は2004年のE3で、"NCL"というのは、日本の任天堂の英語表記である"Nintendo Co., Ltd."の略称だと思われます。

記者へのプレゼンが大成功したおかげて記者会見後に岩田氏は、販売店へのプレゼンの順番を変更して、記者へのプレゼント同じ流れにしたいと土壇場で私に言ってきた。
(中略)
最終的に岩田氏が折れて、当初の通りのプランで行くことにしてくれたが、このとき彼は私に少し失望したような気がした。彼からすれば私にただイエスと言って、グローバル・プレジデントとしての自身の要望を尊重してほしかったのだろう。だが私は、ビジネス、そして組織にとって正しいことをしなければならない。「ゼルダ」というゲームを理解してもらうことが、私たちのマーケットにとって何より重要だった。販売店がこのゲームに夢中になってくれたら、ゲーム機のWiiも盛り上がるだろう。
(中略)
スケジュール通りスタートする数時間前に構成が決まっているプレゼンを大きく変えれば失敗するのは目に見えている。そうなればチームと私の責任となる。誰が変更を指示したのか追及するどころの騒ぎではなくなる。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第5章 改革と決断に必要なのは「自分を信じる勇気」 "正しいと思ったら貫き通す"より
なお、こちらは2006年のE3の時のエピソードの模様で、引用部で「ゼルダ」と表記されているのは「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス」のことです。

4.感想

レジー・フィサメィ氏に関しては、この書籍を読むまで存じ上げませんでしたが、面白く読ませていただきました。個人的には、職業の差はありますが、『逆境下の組織を率いた』という点では、第二次世界大戦中にイギリスの首相に就任したウィンストン・チャーチル氏や、第二次世界大戦中、本国失陥後に自由フランス軍を率い、後にフランスで大統領に就任したシャルル・ド・ゴール氏に共通するものがあると感じました(これは、「"逆境下の組織に求められるリーダーシップの資質"というのはある程度共通している」ということを示唆しているのかもしれません)。

リーダーには常に厳しい決断が求められる。うまく機能している組織では、逆にみんなが権限をもっているため、簡単な決断は組織の下部で済ませてしまう。ところが深い亀裂を伴う最も厄介な問題が発生した場合は、結局リーダーに決断が委ねられる。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第5章 改革と決断に必要なのは「自分を信じる勇気」 "自分を信じる勇気を持つ"より

私は任天堂に強くて明確なリーダーが必要とされる重要な時期に、NOAの社長とCOOを務めた。
(中略)
だがダグは自分のスタイルと自分の資質でリードしていけばいい。私は関係者全員に対し、これを理解し受け入れてもらいたかった。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第5章 改革と決断に必要なのは「自分を信じる勇気」 "リーダーの引き継ぎに必要なこと"より。太字強調は引用者によるもの。

なお、上記引用部の"ダグ"とは、直接の後任であるダグ・バウザー氏のことです。

「バウザー」(Bowser)という名前は、任天堂のマリオシリーズにおける敵役である「クッパ」の英語圈における名称と全く同じである。バウザーが任天堂に入社したときからこのことは話題となり[13]、NOAの社長に就任したことでさらに注目された[14][15]。

Wikipediaのダグ・バウザー氏の項目より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A6%E3%82%B6%E3%83%BC#%E4%BB%BB%E5%A4%A9%E5%A0%82

リーダーシップについて学ぶには良い書籍だと思いますし、仮にリーダーシップについて学ぶ必要がなくとも、レジー・フィサメィ氏の自身の(任天堂に入社される以前の)過去の経歴についても、成功と失敗についても詳細な分析がされており、その経験が任天堂に入社された後もその経験が生かされていると感じましたので、リーダーシップ以外の部分でも学びの多い書籍だと感じましたし、任天堂の歴史を知るという観点でも良い書籍だと思います。
また、岩田聡氏や宮本茂氏のような、すでに歴史に名を残すようなゲームを出してきた人物に対し、敬意を表しながらも、自分の意見をデータなどを活用しつつ理論立てて説明し、しっかりと議論ができる人物というのは少ないのではないでしょうか(宮本茂氏は確かにゲームに制作に関してはプロフェッショナルだと思いますが、経営やマーケティングに関してはプロフェッショナルではないと考えられますし、国によって商習慣が異なっている場合、やはり国や地域によってマーケティングなどの最適解が変わってくるので、書籍で書かれていたレジー・フィサメィ氏の意見が妥当だったように感じます。そもそも、一人で全世界の各国の商習慣を全て把握し、各国の商習慣に合わせた最適解を提案するというのはとてもではないですが現実的ではないと感じます)。
引用にて紹介した2006年のE3の時の岩田氏の提案ですが、事前に計画建てたものを直前で変えるというのは、読んでいる私もかなりリスキーな提案だと思いましたし、提案した相手によっては、押し切られてこの提案が通った可能性があるとも思いました。岩田社長程の方でもそのようなリスクに気がつくことができないというのは、読者である我々にとっても教訓足り得ると思いました(余談ですが、上記の2006年のE3の時のエピソードの後、レジー・フィサメィ氏は昇進されています)。

プレゼンのコピーを渡そうとすると、岩田氏は私の手を止めて、逆に2ページの書類を手渡した。「さあ来たぞ」と私は思った。
タイトルは「昇進」だった。
私は最初の1行を読んだ。「私は貴殿にNOAの社長及びCOO(最高執行責任者)の地位を喜んで授ける」
私は「まさか!」という言葉しか出てこなかった。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第5章 改革と決断に必要なのは「自分を信じる勇気」 "まさか⁉" より

5.余談 斬新なアイデアについて

まったく斬新なアイディアなど存在しない。他のアイディアを盗んで応用するのもありだ。私は初期のP&Gの時代からの習慣で、競合他社だけでなく、同じ任天堂の他の海外法人も注意深く観察していた。よいアイディアは盗み、そこに自分なりのひねりと機転を加えて自分のビジネスに応用する。

『崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男』 第4章 任天堂を再生させるための大勝負「E3」 "NOAに新たな伝統を作る"より 強調は引用者によるもの

このくだりを読んで、SF作家であり、私のnoteでも何度か触れたアーサー・C・クラーク氏も他の作品からアイデアを盗んだケースがあったことを本人が書いていたことを思い出しました(私の場合、「借用」のようなもう少し穏当な言葉に言い換えたほうが良いような気がします)。

SFで、どれかの主要なアイデアの発案者を判定するのは、たいてい不可能だ。なぜなら、どこかのインクまみれの学者が、それ以前の事例を発掘するに決まっているからだ。しかし、ヴァン・ヴォクトは、しだいに邪悪さを増す怪物に宇宙船が襲われる一連の作品によって《エイリアン》の特許権を保持しているというのがわたしの意見である。

『楽園の日々』第三部 キャンベル(一九三七~七一) "30 「野獣の地下牢」" より アイデアの発案者の判定について 強調は引用者によるもの

ヴァン・ヴォクトは、主人公を(しばしば二ページめまでに)とほうもない窮地に追いこんでおきながら、最後の瞬間に救出するというたぐい稀な才能を持っていて、ときには、あまりにもあざやかさで、読者があっけにとられるほどだ。

『楽園の日々』第三部 キャンベル(一九三七~七一) "30 「野獣の地下牢」" より ヴァン・ヴォクトについて

「赤き妖精ペリ」の主人公は、一〇〇〇フィートの真空を宇宙服なしで渡ったのだ
(中略)
そして、いい思い付きは一度ならず盗む価値があるから、長年にわたって自分の小説に三度も使ったのである。
(中略)
わたしの三度目の保護されない宇宙遊泳は、活字ではなくてスクリーン上だった。デイヴ・ボーマンがスペースポッドをヘルメットなしで離れて、HALと対決し、ディスカバリー号の制御を回復するのを、いまでは人類のかなりの部分が見ていることだろう。

『楽園の日々』第二部 トレメイン(一九三三~三七) "18 超新星ワインオウム" より

確かに考えを巡らせてみれば、今までの世の中に全く存在しないアイデアを生み出すというのは非常に難しいと感じます("いいアイディアを思いついた!"と思っても、しっかりと調べると、実は先行して似たようなアイディアが存在するケースは多いのではないでしょうか)。

6.書籍

6-1.紹介書籍・関連書籍

崖っぷちだったアメリカ任天堂を復活させた男 Kindle版

岩田さん: 岩田聡はこんなことを話していた。 (ほぼ日ブックス) Kindle版

ゲーム界のトップに立った天才プログラマー 岩田聡の原点: 高校同期生26人の証言 Kindle版

小学館版 学習まんが人物館 ポケモンをつくった男 田尻智 小学館版 学習まんが人物館 Kindle版

任天堂ノスタルジー 横井軍平とその時代 (角川新書) Kindle版

6-2.参考書籍

危機の指導者 チャーチル(新潮選書) Kindle版

シャルル・ドゥ・ゴール 自覚ある独裁 (角川ソフィア文庫) Kindle版

楽園の日々 アーサー・C・クラークの回想 Kindle版


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