本を作りまして販売いただきまして
本を作った。
単行本サイズ、160ページ強の家族で半年間世界一周旅行をした本だ。
私ではなく、大学時代に出会った恩人の世界家族旅。
これまでも自費出版で数冊本を作ってきたけれど、販売前提で本づくりを依頼されることは私にとって初めてのことだった。
恩人のお兄さん―依光さんと出会ったのは、大学2年生のとき。学内の食堂で友達と駄弁っていたところ、「ちょっとすみません」とぬっと現れた金髪のお兄さんが依光さんだった。
依光さんは美容師で、「モデルをしませんか?」と声を掛けてくれた瞬間から、私のコンプレックスはじわじわと時間を掛けて溶けていった。私らしく生きていいと信じる強さをくれたのが依光さんだった。
卒業ギリギリまでお世話になって、社会人になってからも世界一周旅行から帰ってきた依光さんに鹿児島から高知に訪れたタイミングで髪を切ってもらった。このときはまだ一緒に本づくりをするなんて思っていなかった。
本づくりの話が上がったのは、髪を切ってもらってから一年と少しが経った社会人3年目。
鹿児島から北海道へ身を移すと同時に自分の働き方、人生の生き方を模索しながら、記憶と想いの編集サービス【紙に月】を立ち上げて数カ月が経った頃、依光さんの奥さん―ルイコさんから依光家の世界旅の本づくりの相談をもらった。
実は依光さんとルイコさんのInstagramを見ていて、なんとなく「あ、本作ろうとしているんだ~」「書いてくれる人探してるんだ~」というのは分かっていた。でも、「私に任せて!」と連絡できるほどの勇気を私は持ち合わせていなくて、「任せてもらえる人は楽しいだろうなあ」と想像しながら勝手に指を咥えていた――ところでの相談。相談をDMでもらった瞬間、ぶわっと一気に熱が頭のてっぺんまで駆け上がって、ドバドバと幸福感やら不安やら驚きやらいろんな感情ホルモンが溢れてきた。
次の週には打ち合わせをした。
どんな本にしたいか、販売するならどんなサイズ感がいいか。イメージを膨らませながら、共通の本のカタチを作っていく。
そこから毎週2時間を5回、トータル10時間のインタビューをしながら本づくりは始まった。
質問して回答してもらうというよりお話を聞く雰囲気。順序にもまとまりにもあまりこだわらず、世界旅に行こうと思った背景や世界旅で経験したこと、それぞれの気持ちを語ってもらった。
海外に行ったことがない私は全ての話がキラキラ輝いて見えて、インタビューが終わる頃には毎回にやけながら聴きすぎてほっぺたが痛くなっていた。ときにはエピソードを聴いて堪えきれずにぽろりと涙が出てしまうこともあった。
インタビュー内容を文字に起こしながら、どんな文体にするか正直迷った。三人称の語り口で依光家を書き出すこともできたけど、何度か書き直した末、依光さんとルイコさんの二人の視点が交差する一人称の語り口で書いていくことに決めた。物語として編集していく作業は、依光さんやルイコさん、そして二人のお子さんの追体験をしているようで、エピソードを書いているときはそれぞれが私に憑依して書いているような感覚があった。書いているのは私だけど、私ではない。第三者の視点ではなく、その人の視点を私も見ているような、そんな不思議な感覚があった。
悔しい気持ちも楽しい気持ちも、晴れ晴れした気持ちも苦しい気持ちも悲しい気持ちも、私自身が直接体験したわけではないのに、綴るたびに心が躍ったり、眉間に皺が寄ったり、悲しみのやり場をすぐに見つけ切れなくて涙が溢れたりした。
たくさんの時間をいただいて書かせてもらいながら、何度も文章を確認してもらった。挿入する写真もレイアウトも、行間や言い回しも、表紙も、こだわってないところがないくらい、とことん本づくりに向き合ってもらって、打ち返してくれるボールをキャッチしては必死でまた投げ返した。
「こうすることはできる?」「ここはこう変えて」と反応をもらうたび、まだまだ一緒に求める理想の本を作り上げることができると信じてもらえている気がして、とても嬉しかったし心強かった。
ヒアリングから始まり、ライティング、手書き文字デザイン、挿入画像の編集、表紙デザイン……ほぼ全てを任せてもらった今回の本づくり。ちゃんと答えてくれるからこそ変にできてる感を出さなくちゃと繕わずに等身大で悩みながら一緒に作ることができた。
そうしてできたのが、「Family gypsy~一旦全てを放り投げてみた~」。
あらすじはこう。
写真との組み合わせ、手書き文字の字の太さ、傾き、大きさ、色……とにかく妥協せず、大学時代に研究した文字表現の知識を絞り出しながら形にした。
本文内の写真は予算と相談しながらギリギリの枚数を狙ってすべてフルカラーで詰め込んだ。えいやっと半分勢いもあった。
ページ数に合わせて余白を調整した本文内。
文字が読みにくくないか。見開きの写真ページはとじしろ部分の計算は合っているか。サンプルを頼まず一発勝負に踏み切ったため、届くまではとてもドキドキしたけれど特にトラブルなく綺麗に印刷されていて、長らく緊張していた気持ちがこのときプツンと音を立てて切れたのを覚えている。
「よかった~!」と声に出しながらこのときの身体は軟体生物並みの緩み度だった。
依光夫婦が出展するイベントに間に合うように納品したオリジナルブックは、イベントと依光夫婦が働く美容室KENOMIKA、そしてオンラインショップで販売され、たくさんの方に手に取っていただいた。
Instagramのストーリーズで依光夫婦をメンションして載せられる感想の数々を私も依光さんたちのInstagramを通して触れることができて、感想に触れるたびぶわぶわと全身に鳥肌が立った。
「置いてけぼりにならない」「二人の声が聞こえてくる」
そんな感想を見て、依光家の本にちゃんとなったことを感じられてとても安心した。
日頃から執筆活動を応援してくれる三つ子の2号と3号も本を購入して読んでくれて「毬花が書いているはずなのに、毬花が書いていないみたい!」と書き手冥利に尽きる感想をくれた。
書けたんだ。大好きな恩人の本を作ることができたんだ――。
いただく感想に触れていきながら作り上げた達成感と実感を少しずつ感じられた。
本ができたとき、依光さんが本の販売告知の中に綴ってくれた文がある。
この文章を読んだ瞬間に、不安だったものが蒸発して涙に変わった。全力を尽くしてもクオリティをどう評価してもらえるかはまた別の話で、不安なものは不安。だから、頼んでくれた依光さんとルイコさんが宝物だと思ってくれたことが何よりも嬉しくて魔法のように心強い言葉だった。
コンプレックスを抱きしめる強さをくれた恩人だった依光さんとルイコさんは、お仕事として物語を作る自信をくれた恩人にもなった。
きっとこの経験も私にとって大きなターニングポイントとして人生に刻まれる。
【紙に月】を始めてから初めてのお客さん。このときに感じた嬉しさも不安も焦りも悔しさも楽しさも、「苦しくても本望だ」と思えた向き合い方も忘れずにいたい。
これからも【紙に月】として、忘れたくない記憶と想いに一緒に寄り添えるようにペンを持ち続ける。
依光家の世界旅『Family gypsy~一旦全てを放り投げてみた~』はこちら。
記憶と想いの編集サービス【紙に月】はこちら。