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忘れてしまうことはわかっているから#2

前回の投稿から随分と日が空いてしまった。
読み進める前に、まずは前回の投稿からご覧いただきたい。

その予感が的中した理由を説明する前に、背景について触れておく必要がある。
今から約15年前、当時僕はとある役者事務所に所属していた。
役者は僕を含めて10名ほどで、スタッフは2名、社長のTさん(以下、T社長)は女性でマネージャーも兼任、もう1人のマネージャーは僕と同年代でT社長のひとり息子(以下、K君)という小さな所帯である。
そして社長の元夫であり、K君の父親というのが、他でもない他界した大先輩のTさんだ。T社長とTさんは夫婦ではなくなったが、事務所社長と所属俳優という形で関係は続いている。

所属して間もない頃、Tさんに対して僕は「何だか胡散臭い人」という印象を持っていた。というのも事務所で打ち合わせなどをする時に入れ違いになったり、T社長の誕生日会で集まった時ぐらいしか顔を合わせる機会はなかったのだが、なぜか会う度によくわからない健康食品や健康グッズ、はたまた謎の骨董品のようなものを勧めてきて、断っても断っても、懲りずにニコニコしながらプレゼンしてくるのだ。
仕事の現場で一緒になることもなく、Tさんが演じる姿もまだ目にしていなかったので、どうしても役者の先輩というより「変なものを売りつけてくる怪しいおじさん」という印象が圧倒的に強く、この人には必要以上に近づくまいと肝に銘じていた。

それから数年が過ぎ去ったある日、見知らぬ番号から携帯電話に着信があった。何の気なしに電話に出てみると、どこかで聞いたようなダミ声が聞こえてくる。

「おう、N(僕)か?」
「はい、どちら様ですか?」
「なんだ、わからないのか?」
「え、はい、すいません」
「俺だよ、Tだよ」
「え!?…いきなりどうしたんですか?」

前述した通り、Tさんにはあまり関わらないようにしていたし、その後仕事でもそんなに会う機会はなかった。こうやって電話がかかってくること自体が初めてだったので、例によって何か怪しいものを売りつけようとしてくるのではないかと警戒した。

「まあ、ちょっとお前にお願いしたいことがあってな、近々会えないか?」
「…構いませんけど、どういったことですか?」
「うん、まあ会った時に話すよ」
「え、教えてくださいよ」
「何だよ、会った時でいいじゃないか」
「何で教えてくれないんですか?」
「いや、仕事の話でお前に会ってほしい奴がいるんだけど、電話だと長くなるし説明が難しいんだよ。まあ会った時に詳しいことは話すから、とにかく時間を作ってくれ」
「…わかりました」

そう答えると、電話は切られた。
会うことには渋々了承したが、仕事とは言いながらも話の内容が明かされないことに対して、これはきっと面倒なことになりそうだなと別の警戒感が高まっていた。

僕は何とも憂鬱な気分でスケジュールを確認した。


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