春6 名優

「どんなに無傷に見える人にも、誰にも明かせない何かがあって、人知れず抱える孤独があって、死にたい夜があるということを、忘れたくない」

なぜ、こんなにも言葉にすることが憚れるのか。

何を、どう、失ったのか、事象の説明はできても、もたらされた虚無は伝えることができない。言葉は喉につまり声にならない。共有の不可能性がさらに孤独を深める。わかってほしいけど、伝えることを諦める。その矛盾と葛藤の中で、嘘をつき、ふりをして、帳尻を合わせ、何もないように振る舞う。

結局演じているだけなのだ。
場と状況をみて、最適な振る舞いをして。最適に見えるように演じるだけ。

だから、相手に何か聞かれると即座に、その人を困らせない、あるいは満足させることができる答えは何なのか分析が始まり、相手の瞳を見ると、その人が喜ぶようなことが口をついて出てくる。

本心はどこかに置いてきた。

とはいえ、どれだけ上手く演じられるようになっても、虚無は変わらない。所詮、演じているだけなのだから。

演じている最中でも、頭を支配するなにかで胸が痛んで苦しくて堪らない。どこにいても、何をしていても、誰といても、本当は苦しさを隠して普通に振る舞うことに必死なのだ。時折どうにも一人ではやり過ごせずに、誰かに逃げ込む。

そうやって、だらしなさと不誠実さで、穴を誰かで埋めるように誤魔化し続けた代償は、地獄行きだろう。



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