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【補足】不安を我慢するとは違う「小脇に抱える」意味

自己紹介記事で、「不安を小脇に抱える」という表現を使いましたが、
これだけだと、不安が浮かんでも、「我慢」して毎日を過ごさなきゃ!と、いう根性論に伝わってしまうかもしれないと思い、もう少し詳しく書きたいと思います。

さっそくですが、「我慢」と「抱える」の違いは何でしょうか?

「我慢」とは、自分の声を「無視」することです。

例えば、職場の人間関係や仕事の負荷でストレスを貯め続けていた人がいたとします。

最近、眠れなくなってきたし、何だかお腹も痛い、食欲もわかない、ずっとモヤモヤして、不安を感じる。。。

この状態でずっと「我慢」を続けると「絶対に会社に行かねばならない!」という声だけに縛られて、「本当は、もう辛くて限界・・・」という、もう一つの自分の声を無視することになります。

これは、小脇に抱えていることでは、ありません。

「小脇に抱える」は「無視」とは反対で、「自分の声を聞いて向き合う」ことを指します。
多面的な自分を認めながら、それでいてどれか一つの自分に過剰に巻き込まれたり、縛られたりしない姿勢です。

上記の同じ例の場合、

「何だか最近、調子が悪いな・・・」
「でも、休職したら仕事がどうなるか分からないし、心配だな・・・
本当はもっと仕事を頑張りたい気持ちだってあるし・・・」
「だけど、このまま続けたら身体は持たないかも?」
「本当に大切なのは、まずは自分の健康かもしれない」
「とりあえず、誰かに相談してみようか」

と、このように、自分の心と身体の両方の声を聞いて、どれか一つだけの声に振り回されすぎないことで、まずは「自分の健康が大切」と、いうことが見えて、「とりあえず、誰かに相談」と、その時できる範囲の一歩を踏み出せる。という考え方です。

きっと、両者、どちらの例でも、不安はゼロにはならないかもしれません。

だけど、自分の声を無視し続けて「我慢」する場合は、いずれは体調を崩して、回復に時間がかかってしまうなど、かえって自分らしく生きることから遠ざかるリスクが大きいです。

一方で、後者の「自分の声を聞く」場合は、本当に必要と判断したなら一時的には休職等をするかもしれませんが、それは「戦略的撤退」であり、自分と自分の人生に寄り添った選択が出来るのではないでしょうか?

以上の、「我慢」と「抱える」の違いについては、ACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)という治療理論を念頭に、私個人の解釈の一例として、書かせていただきました。

ACTとは、心理的柔軟性を高めるための治療理論で、「今、ここ」という、マインドフルネス的な要素など、日常のストレスケアでも役に立つ考え方のため、こちらについても、少しずつ記事にしていく予定です。

なんとなく、モヤモヤしていたり、不安だったりして、自分の心と身体の声に、耳を澄ませてみたい時には、メザニンのオンラインカウンセリングが、お手伝いできるかもしれません。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
メザニンカウンセラーSATOMI

メザニンではオンラインカウンセリングを提供しています。
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