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『むすびめ』 森絵都

「正社員なだけいいよ。俺なんか正の字もらったことないぜ。求人はねえし、バイト先でもゆとり世代ってだけで差別視されるし、俺ら、つくづくツイてねえよな」
正の字に逆行するがごとく、まばゆい黄緑のTシャツを着た茶髪男子ーー思いだした、牛乳を鼻から飲めるボンチョだーーのぼやきに、「ほんと」「マジ、マジ」と周囲から共感の声が飛ぶ。 
(p.110)

40代後半の知人男性と「なんだかんだ、派遣社員は立場が弱い」という話をしていたところだった。
彼は職人として仕事をする傍ら、派遣社員として働いている。

「いま英語塾の派遣社員として事務をしてるんだけど、アメリカ人と話してると、そんな感覚まるで無くてさ。日本は正規雇用と非正規雇用って、全然印象違うじゃん」

私も派遣社員として働くようになり、身をもって感じていた。
ちょっと猫背で歩きたくなる、そんな感覚を。

大学卒業後、十数年間正社員として働いたのち、一昨年から派遣社員として勤めている。
接客をともなう営業職ということもあり、給与面でもコロナの影響をもろに受けた。

しかし、それでも正社員としてまた働きたいとは微塵も思わない。

私も彼も、派遣社員という働き方を選んで仕事をしている。
メリットも、大いにある。
だから胸を張っていれば良いだけの話なのだが、印象として、正社員との差はあまりにも大きいように感じる。

「〈正〉とか〈非〉とか、そこから嫌だよね」
「ほんとほんと。〈固定社員〉と〈自由社員〉にしようよ」

なんて、ふたりで笑い合う。

そんな私たちは、短期派遣の仕事で出会った。
素敵な出会いもたくさんある。

派遣社員、万歳!!

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『むすびめ』 森絵都 『出会いなおし』(文藝春秋、2017) 第4話に収録


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