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昼休み僕と師匠は保健室にいた
小学校3年生の昼休み、
保健室に通っていた。
ほとんど毎朝おなかを壊していたから
保健室には元々よくお世話になっていた。
朝学活の時間は教室にいた時間よりも
トイレと保健室にいた時間の方が長いだろう。
おかげで和式便所の使い方と
保健室に入る時のノックの所作は
校内でも随一のものだったと思う。
今思えば3年生になるタイミングで転校してきて、環境の変化にうまく適応できず、疎外感が腹痛として表れていたのかもしれない。
けど昼休みにわざわざ
保健室に通う理由は別にあった。
師匠に会うため。
保健室にはいつも保健の先生のほかに1人、
6年生の先輩がいた。
自分より身長が10も20も高くて、
手先が器用で、長い髪が良く似合う
とても優しい人だった。
小学生で学年が3つも上となると、今以上に年の差を感じてすごく大人に見えていた。
ツルやバラの折り方も、指でカエルを作る遊びも、指スマも全部その人が教えてくれた。
だからいつしかその人を師匠と呼んでいた。
昼休みは教室でお絵描きをするより、
校庭でケイドロやドッヂボールをするより、
保健室で師匠と一緒に過ごしたかった。
土日から月曜日の昼休みが楽しみになるくらい
師匠を慕っていた。
そんな師匠はトランプマジックも上手だった。
保健の先生の目も欺くクールな手さばきに憧れて
トランプマジックを教わるようになった。
一番上のカードが一瞬で変わる技。
選んだカードがJOKERに挟まれて出てくる技。
選んだカードを山札から言い当てる技。
たぶんまとめたら本が一冊できる、
そのくらいたくさんの技を教わった。
家に帰ってからも練習するくらい熱中していたし、マジックのネタ本や専用のトランプも買った覚えがある。
師匠の影響力たるや絶大なものだった。
転校してきて数か月。
マジックもそこそこ上達してきた頃、
クラスにも数人だが仲良しの友達ができていた。
何かきっかけがあって仲良くなったのか、
自然と仲良くなったのかまで覚えていないけど、
土日に連絡網のプリントから電話番号を調べて、
遊ぼ?って電話するくらいにはその子たちとも仲良しになっていた。
それでも昼休みは保健室に足を運んでいた。
どれだけ友達がいても師匠の存在は特別だった。
そんなある日、
保健室にその子たちを連れて行った。
本来の保健室の機能を考えたら絶対に控えるべき行為だが、どうしても師匠のマジックを見せたかったんだと思う。
突然3.4人で押し掛けてびっくりしているだろうに師匠は淡々とマジックを披露してくれた。
みんなが師匠のマジックを見た後、
誰が言ったか「これお楽しみ会でやらない?」
という提案があった。
お楽しみ会は学期末に授業時間の余りで開催される小学生にとって特別なイベント。
クラスみんなで3.4個の遊びを企画するもので、フルーツバスケットやハンカチ落とし、校庭が使えたらケイドロや氷鬼をするのが主流だった。
その1枠を貰ってマジックショーをやるというのだから、転校生の自分はそもそもクラスのみんながそんな提案を受け入れてくれるのかどうか不安で仕方なかった。
ただ現実は思ったよりもあっさりで、
反対意見が出ることもなく普通に提案が通った。
転校を意識しすぎて自ら壁を作っていただけだったのか、友達という繋がりがその壁をぶっ壊してくれたのか、今となっては分からない。
ただそのマジックショーを機に、
クラスとの接点が確実に増えていった。
師匠と出会っていなければ、
恐らくその壁は壊されることなく、
そのまま残りの1年を過ごしていただろう。
ショーの後、
師匠が前日の内に書いていた手紙をくれた。
そこには自分が初弟子であること、ショーの成功を確信していることが書かれていた。
弟子が師匠のことを「師匠」と呼ぶことはあっても、師匠が弟子のことを「弟子」と呼ぶ機会は実はあまりない。
そもそも勝手に師匠と慕っていただけだったから、師匠がちゃんと自分を弟子だと思ってくれていたことはそこではじめて明らかになった。
当時プロフィール帳やら交換日記やらが流行っていて、手紙だってたまに友達とやり取りがあったから特別真新しいものでもなかった。
それでもその手紙が格別嬉しかった。
公認の弟子であることがたまらなく誇らしくて、そして弟子と呼んでくれたことがまた嬉しくて、何度も読み返した。
今でもずっと大切に保管している。
そんな師匠との日々も永遠ではなく、
6年生の師匠はその後まもなく卒業を迎えた。
自分が3年生で、向こうは6年生。
学年が4つ違うと中学も高校も入れ違い。
師匠は常に一歩先へと進んで行ってしまう。
卒業後、一度だけ手紙のやり取りがあった。
そこには中学ではたくさんテストがあること、
科目の名前が変わったり増えたりすること、
その代わりに楽しい行事がたくさんあること、
そしてまた会おう、ということが書いてあった。
あれから約10年。
人並みに出会い別れを経験して、
再会は簡単じゃないことを知った。
その上でこうしてnoteに思い出を綴るのは、
僕は今でもまた会いたいと想っているからだ。
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