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秋に寄せて

 秋だ。いつのまにか秋だ。

 四国の右下、何もない辺鄙な町で、一人、仕事を終え、事務所から出たその時、ひんやりとした冷気が体を包み、高校生の時分を思い出した。

 受験を控えた高3の、秋だか冬だか忘れたが、模試を終えた帰り道、肌寒い夜、一人、田んぼ道を、自転車のペダルを漕いで帰っていった。夜空。臆病な気持ちを抑えきれない静かな夜に、ああ、また、青春が体内で躍動するよ。ペダルを漕いで、風切って、頭が体が冴え渡り、訳の分からぬ喜びが、次々と、跳ねていく。とんとん、ととん、と脈打って、時の流れはちくたくと、チェーンは回る、軋みながらもいつまでも回る。何もかもが、ぼくを、私を歓迎している。過ぎ去る風景。どこまでも、どこまでも。夜空は、それでも、ついてくる。

 あの感覚は、どこへいくのか。もう戻ってはこないのか。どうせなら、舞い戻ってきてほしい。ぼくの、私の、体に直接。思い出す、記憶の中でしかあの感覚を呼び起こせないのなら、それだけぼくは、私は、歳をとったということなのだろうか。



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