見出し画像

MIMMIのサーガあるいは年代記 ―36―

36/n
        

      第 三 章


         血まみれの桃子(9)
          猛 攻

 蛸薬師小路たこやくしこうじ邸へ救援の伝言を伝える『走れ! ヒロコー』は、軽四のエンジンを目一杯吹かしています。2030年石化燃料自家用車規制以前のガソリン車ですから、いまどきの電気自動車と違ってパワーがあります。ですが、約束の時刻はとっくに過ぎています。
 桃子たちの怒りの表情が想像できました。怒り猛ったあの凶暴なメキシコ人たちの仕打ちを思うと、この軽四にロケットブースターでも取り付けたいくらいです。やがて、お屋敷の裏門が開けられ、彼を待っていました。
 桃子たちの救援は果たして間に合うのでしょうか?

「さあ、来る。奴らの次の攻撃よ。敵も死に物狂い。用意はいい?」
 桃子が声をあげました。ですが、誰も返事はしません。彼らにとって自明なことであり、死の覚悟をを決めていましたから。メキシコ人たちにとっては帰ることのできる国はなく、移ることのできる新しい国はないのです。エリカたち三人娘も同様です。ここでしか生きてゆけないからです。

 薄れかけた煙幕の中から、ランクル三輌が全速力で突進して来ました。不整地で大きくバウンドし、ハンドルを取られていますが目的地は明らかです。
「こんどはそう来るか」と、桃子が苦笑いします。
 防弾仕様のランクルは、桃子らの個人携帯銃器では、戦車や装甲車に相当する脅威です。
 敵歩兵は、その左右へも散らばって遮蔽物を利用して交互躍進してきます。俘虜からの情報では五十人以上の精鋭です。距離は百五十メートルを割りました。
 
「RPG発射! 急げ! 擲弾も!」
 敵は、前回の単純な平押しではなく、ランクルの防弾効果をあてにして、桃子たちの弾幕を強行突破し、工場へ短時間で接近するつもりなのでしょう。そしてランクルには、兵を満載している筈です。倉庫の十メートルあたりで、全員を降車させ、左右に展開させるでしょう。そのあと、後続の歩兵が追いつき攻撃に加わるでしょう。
 
 ゴンザレスがRPGを発射し、着弾を確認することなく「次!」と、砲口を逸らさずに言います。ナナミンが、最後のコンテナ一を装填し、後方を確認してから彼の肩を叩きました。

 ……
 初弾が命中しました。
 戦車に比べると薄い装甲ですから、メタルジェットの噴流は車体後部まで貫通し、乗車していた敵兵は挽肉どころかメタルジェットの噴流で溶けたかも知れません。
 二発目は対人用サーモバリック弾。これも命中し、気化爆弾としてランクルを包み込んでから爆発し、焔が周りを覆いました。そのあたりで服に燃え移った火を消そうと転げ回る敵の姿も見えます。残り二輌。
 
 敵の攻撃は一瞬停滞し、銃撃も止まりました。この隙に、M4カービンからM320を取り外して、40㎜擲弾てきだん三発を持ったホセが飛び出します。
 泥水の溜まった窪地へ飛び込み、M320を大きく仰角に構えて発射します。三輌目のランクルあたりに着弾。二発目は、その大きく後方に着弾して断片を巻き散らしました。
 三発目はとっておきの一発で、これまで使用しなかった弾種です。それは弾頭に近接信管が着き。地上の一定の高さで爆発して、物陰や蛸壺に潜んだ者にも頭上から断片を振り注ぎます。この一発は、ランクルの車列のずいぶん後方を狙いました。
 彼は敵の銃撃がとまった中、ゆっくりと入口まで引き返しました。
 桃子たちは見え隠れする敵を目標に、残弾を惜しみながら散発的に射撃しまします。
 敵は射撃を止めると。炎上するランクル二輌と仲間の死体を残して引き下がります。後方で再攻撃のために再編成をするのです。
 
 これで桃子たちも一息つくことができました。
「おかしいわね。ヒロコーはともかく、警察がまだ動かないってのが、解せないな。もう一時間以上も銃声や爆発音がして煙りも上がっているのに、誰も来ないなんて。もう警察と消防、マスコミで混雑して。上空にはヘリが旋回しててもおかしくないはず」ナナミンが疑問を口にします。
「危なくて近寄らないんじゃないの? それか、ここへ来る道を敵が封鎖してるかも。朝に攻撃してきた素人に銃を持たせたら二、三人だけで、警察の機動隊なんか半日でも足止めできるわ」と、エリカが応じます。

 敵の三度目の総攻撃をただ待つことの緊張に堪えられず、二人は無駄口をたたいているのです。
「ヘリはどうしたの? 向こうに見える山裾の団地から、この大事件の電話を散々しているはずなのに」
「分からない。敵が各機関に対空兵器を持ってる、と偽情報を流して牽制してたとしてもおかしくない」
「そういえばドローンはどうなってるの?」
「奴らのドローンは、先ほどの悪天候で使えなかったし、いまの攻撃終末期では不要になってる。報道機関のは知らないけど」
「国防軍はどうしてるんだ。偵察ぐらいしてるだろ。こんな大がかりな銃撃戦だから」と、ゴンザレスが口にします。
「それも分からない。出動手続きがややここしいんじゃない。官邸まで複雑なルートで持ち上がって、持ち回り閣議で決定でもしていたら、日付がかわってるわね」と、ナナミン。
「国防軍動員しても歩兵一個大隊ぐらいじゃないと、奴らには勝てない」と、エリカが付け加えます。
  (つづく)

この記事が参加している募集