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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―31―

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   第三章(たぶんそうだろう)


       血まみれの桃子(4)
       メキシコ人ロドリゴ倒れる!

「配置につけ! 急げ! 急げ!」とロドリゴが叫びながら、予備弾倉をボディーアーマーの弾薬囊ポーチに差し込み、キャットウォークの入口上部に到ります。窓ガラスを割って、銃声がしたあたりを双眼鏡を使って見渡しました。登り口付近に残しておいたホセが、こちらへ轍の跡に沿って駈け登ってくるのが見えます。
 
「ゴンザレス! ホセを援護してやれ!」
 この命令を聞くまでもなく、ゴンザレスは入口の前でRPG-48(注1)を構えていました。装甲を施した乗用車を先頭にして攻めてくる、と予想して対戦車用タンデムHEAT弾を装填していたのです。当然に駆け寄るホセの後ろからランクル数輌が追いかけて丘陵台上に現れる、と考えていました。
 工場入口の傍らの草むらに潜んでいたガルシアが叫びました。
「ホセ! 伏せろ! 伏せろ! 右うしろに敵!」
 登り道の反対側の丘陵上です。
 この警告が耳に入ったホセは、前方に飛び伏せました。その直後、ゴンザレスが五、六人の敵影に向かってRPG-48を発射します。バックブラスト後方噴射が工場のの薄い壁を突き破り、埃やごみの混じった爆風が舞い上がりました。
 
 上からロドリゴとナナミンがフルオートで敵影を最後に認めたあたり一帯を掃射します。ガルシアが立ち上がり、「走れ! 走れ!」と大きく手を振り、自身も扉の内側へ駆け寄りました。
「車を入口のバリケード替わりにしろ」と、ロドリゴが叫びます。車の手近にいたオフィーリアが素速くエンジンをかけます。後部座席では桃子が「うるさーい!」と叫んで両耳を覆っています。
 
 ゴンザレスが撃った対戦車用タンデムHEAT弾では装甲車輌への貫通能力はともかく、対人用榴弾効果は知れているのですが、それどころか初弾は降雨で軟弱になった泥に斜めに着弾したものですから、不発に終わってしまい、敵を驚かし伏せさせる効果しかありませんでした。キャットウォークからの二人の掃射の方が制圧効果がありました。
 敵が射撃を中断した間に、ホセは入口に無事たどり着けました。
 
「ランクル四輌が来た」と、ホセが大声で報告します。
 一輌に四人が乗っているとして、それだけで十六人です。五人なら合計二十人、六人なら二十四人。そのほかに今姿を見せた敵がいます。
 この徒歩の敵は、ランクルの乗員とは別に丘陵の北を迂回して接近してきたのです。当然、他にも徒歩で迂回接近している敵がいることは、誰でも予想できます。
「扉は閉めるな、視界を確保しろ! 車をバリケード代わりに使え! エリカ。南の背後を警戒しろ」と、ロドリゴが吠えます。
 徒歩の敵は、高い夏草に紛れ姿は見えませんが、無駄弾と知りながら散発的に発砲しています。ロドリゴらの反撃を誘い、配置位置を探るためです。
 
 ついにランクルが台上に姿を現し、縦列から三台が並列に隊列を変え、その後ろに一台が続くという陣形でゆっくりと迫ってきます。
 丘陵台上の東側にも新たに六、七人が草むらと地面の起伏に身を隠しながら進んできます。左右から発煙手榴弾を投げ、こちらの視界を塞ぎます。更に悪いことに雨脚が強まり、熱帯のスコールそのものの雨脚で。二メートル先も見えないありさまになってしまいました。この視界不良を奇貨として、運転者をだけ残して降車し、車を盾にしてじりじりと距離を詰める手はずなのでしょう。
 
 ロドリゴは意外な展開に焦りました。
 敵の数が予想を上回ったことと、正面から平押しに攻めてくることは予想外でした。この人数以外にも左右の崖下に何人も控えていて、タイミングを見計らって攻撃してくる、と考えています。
 正面の人数から至近距離で一斉射撃を受ければ薄い壁は簡単に貫通して、屋内に銃撃を避ける場所はほとんど残りません。反撃も満足にできないでしょう。
 彼はキャットウォークからクレーンの鎖に飛びついて地上に下り、扉の陰から覗きます。
 
「ゴンザレス。RPGを撃て!」
「視認できない、無駄弾だ。あと二発しか残ってなんでな。そのうち一発だけがHEAT弾だ!」
 野外に即席の蛸つぼと塹壕を掘っていたならよかった、とみんなは思いましたが、この雨ではすぐに水浸しになり、銃弾より溺れ死ぬ可能性が高い、と考えなおしました。
 
「あの銃声は、AK-33(注)に違いないわ。昨年制式化されたらしい。まだ出回っていないから……優先配備されたロシアのスペツナズ。……まさか? 正規軍が出てくるはずない」オフィーリアが不安を口にしました。
「RPG!」とナナミンが叫び終わらぬうちに、煙幕と豪雨をついて弾頭が低く走りました。 
 大型バンの車体に命中し、タンデムの一番目の弾頭の小さな爆発のあとに、メタルジェットが車体を貫通しました。
 大きな爆発はありませんでしたが、勢いの衰えないメタルジェット、車体や弾頭の破片が飛び散ります。
 ロドリゴが膝から崩れ落ちました。ホセも腹を抱えてうずくまってしまいました。
  (つづきます)


(注) RPG-48及びAK-33は、西暦2022年時点では存在しません。

冒頭の画像は、『バルドルの死』クリストファー・ヴィルヘルム・エッカースベルグ