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重くて黒いランドセル #詩のようなもの

重くて黒い ランドセル
つまっているのは 連絡帳 ノートに 宇宙遊泳の手引書
式神を召喚するマニュアルと 焼きそばパンに Python逆引き辞典
 
もういっぱいで 入りそうにない
あと
練習帳に筆ばこと チョコレート・クッキー NATO欧文通話表 それと
おもちゃ はいればいいのに
 
月曜のあさ パステル色のクレヨンがまぶしい
 
今朝できたての 水たまり 黄色い雨くつで むちゃくちゃにかきまわし
郭公かっこう鳥の横断歩道に 雨がさを放りだす 

電話から伸びる果てしないコードの先から ママの声がする
かわりりに 乾いた地底人が かすれた声でこたえてくれる
   現在使用できなくなっています!
 
シンちゃんが いくつも夢を ならべる
   はやく大人になって ケーキをいっぱい食べ 朝までゲーム
地底人たちが囃してくれる

エリちゃんは 難しいことを けさは口にしない
   大人になりたくない みにくいし わがまま勝手 うそばかり ……
そして ばかばっか とあっかんべーをつくる
ぼくたちの相手をしていた 地底人もどっかに隠れたぞ
 
ランドセル
なんでも出てくるが なにもはいりきらない 重いランドセル
それでも 毎日あたらしい 小学校の通学道 
 
  ………………
 
しおふくサザエの黙殺と 百科事典があふれる背高泡立草せいたちあわだかそう
むせかえるうつし身と ふくよかな不条理 ステンレス製の諦念とそれに
からっぽのランドセル
これらの過剰を後生大事にしまい込んで き遅れた秋日を 見送った
 
野分のわきみちに ニンフたちは遊んでいないし
地底人も 顔をださない
葉先のしずくは 白銀に変わるはずもない
柘榴ざくろは実らず つややかな夢をみて ただ棘ばかり
障子ごしの西陽は たおやかに憩いでいるが あら御魂みたまを秘めている
 
こんな 路傍のはてから
ひたすら コダクローム色まみれの つ国の首邑の秋を 想いかえし
あそこは 紅葉しかなかった と口にしてみる むつ言のように
   まれには 重い重いランドセルのことも思い出せ
そんな応えが 聞こえるはずもないが あれはほんとうに重すぎる
 
枯野にしぐれが 移ろいをはこびこもうとするまぎわ
くつがえした小石が
陶器の割れた白皙と 竜胆りんどうの花弁を あざやかにはらんでいた

ときには”現存在”と呼ばるもの らしい
その小石をけ飛ばす 懸命に

そいつを受け容れるために か


竜胆の花