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『神山の7年間』

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2007年に初めて訪れ、2014年に家を借り、二拠点居住の軸足を置いてきた神山を離れることにしたので、このまちでの経験、考えたことなど、気の向くまま書いてみようと思う。
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記事一覧

7. 私たちは路上にいたんじゃないかな

7. 私たちは路上にいたんじゃないかな

(「広場としての役場」の話につづけて)以前、批評家で編集者の藤原ちからさんが書いた「『広場』を生み出す演劇の可能性」という記事を見かけ、とても面白く読んだ。こんな書き出しで始まる。

トルコにおける「デモ」の日常性が感じられる言葉。日本の私たちと違うな…と思いながら読み始めた。藤原さんはこうつづけている。

いやそうかな? 藤原さんに物申したいわけじゃないし、確かにいまはない。けどあったと思う。日

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6. 広場としての役場[後編]

6. 広場としての役場[後編]

(「オーストリアの町役場庁舎に驚いた」話のつづき)ルーディッシュの隣には、ザンクト・ゲロルド(Sankt Gerold)という村があった。

国をあげた市町村合併の動きは、オーストリアでもだいぶ前に一度あったらしい。が、その結果について「よくないね」という国民的な合意があり、以降あまり行われていないという。教会を核に、地域コミュニティの輪郭もわりとはっきりしているんだろう。

ザンクト・ゲロルドの

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5. 広場としての役場[前編]

5. 広場としての役場[前編]

(「岡山のマチナカギカイの話」のつづき)神山の7年間を辿り直していて、いま2015年にさしかかったところ。少し飛んで、2018年秋に訪れたオーストリアの話を書きたい。

友人の鷲尾和彦さんが、2017年に『アルスエレクトロニカの挑戦』という本を書いた。アルスはオーストリアの地方都市・リンツで開催されてきた文化イベントで、私は30代半ばの頃、仲間と手掛けたプロジェクトで何度か通ったことがある。

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4. 岡山の「マチナカギカイ」は、いまどんなかな?

4. 岡山の「マチナカギカイ」は、いまどんなかな?

(「公務員とミーティング文化」のつづき)映画づくりでも社会運動でも、活動に対する注目は、リーダーシップをとったプレイヤーに集まることが多い。でもその背後には、プレイヤーの働きを「可能にする働き」をしている人が必ずいる。

NPOにおける事務局の重要性を論じたのはドラッカーだっけ。部活でいえばマネージャー。企業でいえば総務課。

実務能力もさることながら、そのポジションにいる人の〝物事に対する姿勢〟

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3. 公務員とミーティング文化

町役場サイトのリニューアルにかかわったとき(2014年秋〜翌春頃)、そのミーティングの席で気になったのは、町役場の職員さんがあまり〝話さない〟ことだった。始まる前は普通に語り合っていても、ミーティングになると黙ってしまう人が多い。

これは神山に限らず、県庁の職員研修を頼まれたときも他の市町村でも目の当たりにしてきたことで、わりと気になった。

要因の一つは多すぎる仕事量かもしれない。担当業務をひ

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2. 地域を「イケてる」ふうに見せるより

2. 地域を「イケてる」ふうに見せるより

「最近なにしてるの?」と聞かれるのが苦手で、それはこの6年間も同じだった。毎日これだけ働いているのに、「なにしてるんですか?」という素朴な問いにフリーズしてしまうって、どういうこと? ディティールに入り込みがちなんだろうな。

神山に家を借りたのは2014年だ。住みながら家の改装をコツコツ重ねて、打合せや大学の授業やワークショップがあれば外に出かけて、ということを繰り返していたと思う。

9時をま

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1. 空気の違うまち

1. 空気の違うまち

東京と二拠点居住、と言いつつ暮らしの軸足はこちらに置いていた神山町(徳島)を、来年の5月末までに離れることにした。簡単な事の次第と、思うところは日記に書いた。
https://livingworld.net/nish/dialy/19292/

離町のタイミングは、移る先が見つかれば早まる可能性もある。この数年取り組んでいたような仕事(町の地方創生と、まちの状況づくり)をまたどこか別の場所でとはい

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