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5. 広場としての役場[前編]

(「岡山のマチナカギカイの話」のつづき)神山の7年間を辿り直していて、いま2015年にさしかかったところ。少し飛んで、2018年秋に訪れたオーストリアの話を書きたい。

友人の鷲尾和彦さんが、2017年に『アルスエレクトロニカの挑戦』という本を書いた。アルスはオーストリアの地方都市・リンツで開催されてきた文化イベントで、私は30代半ばの頃、仲間と手掛けたプロジェクトで何度か通ったことがある。

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その頃のリンツの印象は「地元の人の店では英語が通じない、メディアアートの街」だったが、それはフェスティバル期間しか知らない訪問客の早合点で、リンツという街が継続的に試みてきたのは〝文化の涵養から経済的な成果を生み出す施策〟の積み重ねだ。30〜40年の累積を通じ、それをかなり実現させている。

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一部始終は鷲尾さんの本に詳しいが、経済活動のその余剰分を文化活動にあてる日本のメセナの逆をゆくアプローチで、見事だなと思う。

一方、神山のアーティストインレジデンス(KAIR)にも20年を越える積み重ねがある。KAIRに限らず、神山における文化的諸活動の先にどんな状況を描きうるのか。一般的に地域で「文化・芸術」となると、たとえば〝伝統と継承〟といったグリッドに話が揃ってしまいやすいけど、そうでなく〝次の状況〟をつくり出してゆく流れとしてどう考えられるか。

ただブラッと行っても会えない人や、入れない場所を、鷲尾さんの案内で訪ねながら深く探ってみたい、という話になり、神山つながりの所属の異なるメンバー・10名ほどでリンツへ出かけることになった。

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そのとき折角だからリンツだけでなく、オーストリアの中山間地も見てみたいと思った。西側の国境に広がるフォアアールベルグ州へ一部のメンバーで寄ってみたのだけど、そこで見た役場庁舎が面白かった。

ルーディッシュという町(Ludesch・人口3,448人)は、12年前に町の庁舎を新築していた。以前の旧庁舎はこんな感じ。

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私は「かわいいな」と思うけど、話を聞かせてくれた元町長は、前の町役場は住民が積極的に足を運ぶ場所ではなかったと言う。用事があるときにだけ行く建物で、かつその姿を見られると「なにか困っているんじゃないか」と噂されかねないような、あまりイメージのよくない場所だったそうだ。

建て直しが決まったとき、近くの大学の協力を得て全町民のヒヤリング調査が行われた。その中で多く聞かれた「広場がない。欲しい」という声に応えて設計が進んで、こんな庁舎が建っていた。

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ガラス屋根の広場があって。その一角にはカフェテリアがあり、奥にはレストランがある。1階には、広場に面してコミュニティFMのスタジオ。屋内右手にはライブラリー(曜日を絞って運営)。

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屋内左手には幼稚園が入っていて、外に園庭。

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2階には町役場(この日は休日)と、会議室。

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この部屋は議会も使うし、住民も利用すると言う。飾られている絵はルーディッシュの住民さんが描いたもの。

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で、さらに「えっ」と思うことが増えてゆくのだけど、個人経営の小さな診療所や、民間の小さな会社も入居していた。役場の建物だよね? 1階のコミュニティFMにはデザイン事務所も同居していると聞いたような。

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さらに「ええっ!」となったのが、市民団体やサークルが共同で使っているという書庫。町内の各団体が、ファイルや蔵書や備品を置いている。

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地下に降りるといくつかの団体の部室があった。ここは「この地域の方言で歌をうたう会」だったかな?(部室もある団体は一部)

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演劇部の部室で楽しげな元町長。地下にはさらに合唱団の大きな練習室があった。(写真右手の上部スリットから自然光も入れている。この建築は自然採光の設計が上手で、実際に節電効果も高いという。勉強になった)

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練習室は、スケルトンで合唱団に渡して団員がDIYで施工したと言う(材料は供給)。「地域において合唱団はとても重要」という印象だった。

そんなわけで、旧庁舎とだいぶあり方が違う。日本の一般的な役場庁舎とも。

用事があるときに少し緊張気味に訪れる場所でなく、普段から待ち合わせに使ったり、参加している活動を通じ日常的に足を運んでいて。小さな頃から毎日通った場でもあり。家族の大事な日に食事に行くこともあるし。広場でもあり。役場というより〝みんなの家〟という印象。

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その地域で暮らす人々が互いの姿を見かけたり、何気ないコミュニケーションを交わすことを、日々可能にする空間になっていて。

香川県庁舎(丹下健三)以来、現代の城づくりのような庁舎建築を建ててきた戦後の日本(雑な私見です)との違いを、めくるめく考えてしまった。

うわー、と思いながら隣の村へ。(つづく)


*『アルスエレクトロニカの挑戦』鷲尾和彦(学芸出版社・2017)
https://amzn.to/2YRKezb

*飛行機の中で何度も読んだ、農林中金総研・多田忠義さんのレポート。
「オーストリア山岳地域の小規模自治体を巡る」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejgeo/13/1/13_347/_pdf/-char/ja

*雑な私見と断りつつ、ザックリしたことを書いて丹下さんたちに申し訳ない気がしたので、本日出張のついでに香川県庁舎を訪ねた。 
https://twitter.com/lwnish/status/1450030869058441217?s=21