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6. 広場としての役場[後編]

(「オーストリアの町役場庁舎に驚いた」話のつづき)ルーディッシュの隣には、ザンクト・ゲロルド(Sankt Gerold)という村があった。

国をあげた市町村合併の動きは、オーストリアでもだいぶ前に一度あったらしい。が、その結果について「よくないね」という国民的な合意があり、以降あまり行われていないという。教会を核に、地域コミュニティの輪郭もわりとはっきりしているんだろう。

ザンクト・ゲロルドの人口は362人。規模感からみた庁舎の立ち位置は、日本の市町村でいえば支所や公民館に近いと思う。前日訪れたルーディッシュ(人口3,448人)のそれと比べるとずっとコンパクトだが、一つの独立した自治単位の庁舎だし、ここも同じく複合的なコンプレックスとして建てられていた。

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斜面を走る車道から見ると2階建て。下から見ると4階建て。

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最上階には役場オフィスと会議室。ここでも、同じ会議室で議会も開かれる。

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村長さん。(前職は電気技師だと話していた。ちなみにルーディッシュの元町長は元パン屋さん。政治家というより期間を限った「みんなの代表」という感じ)

車道の階は小さなスーパーマーケット。曜日を絞って営業。

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スーパーというより共同売店だな(たとえば沖縄の)。それを民業でなく、パブリックな機能として扱っている。そういう国なんだな。

下の階は、住民が自由に使える多目的なコミュニティルーム。キッチン付き。

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設計の前に開かれた住民説明会では「現代的なデザインの建物など燃えてしまえ!(伝統的な建物の方がいい)」「コミュニティルームも絶対使わない」と気炎をあげる高齢者もいたが、火事は出ていないし、みんなによく使われていると村長。

最下階は、ここにも幼稚園。斜面の園庭につづいている。

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小ぶりながらいい建物だった。建てられたのは同時期ではないけれど、ルーディュシュもザンクト・ゲロルドの庁舎も、壁・床材が同じ仕様で、そういうところで全体的なコストダウンを図っているんだな。合理的な国民性が感じられる。

つづいて訪ねた、少し離れたところにあるクルムバッハという町(Krumbach・人口2,240人)でも、役場の建物には地域の他の会社・団体が同居。

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これはその役場の隣に、広場を共有する形で新設されていた、1階に大きなコミュニティルームを持つ公共建築。

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広場から互いによく見える。向こうの建物の1階はスーパー。町の中心部にまとまっている。
造り付けのコート掛け、西洋ですね。

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2階は図書館(曜日を絞って運営)。地下には、ここにも合唱団の練習室。

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ルーディッシュ、ザンクト・ゲロルド、クルムバッハ。

オーストリアの山あいで訪れた、小さいけど複合的で、地域の人々がよく訪れる役場庁舎のあり方に驚きながら、思い出していたのは東日本大震災直後の遠野市庁舎だった。地震で半壊した遠野市庁舎は、建て替えまでの何年か、市が管轄する商業施設の空きフロアーに仮入居していた。

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この時空間の歪みはなに。洋服の並んでいたモールが突然役場になっていて面白い。でも単に面白いという話でもないと思う。1階はスーパーで、住民さんたちが日常的な買い物をしていた。

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ついでにちょっと役場にも立ち寄れるし、役場の職員さんも「ランチの選択肢が増えた。買い物をして帰れるのも便利」と話していたが、これまた単に便利という話でもないんじゃないか。

役場が権威性を誇示していないところがいいと私は思うし、なにより住民と行政職員が、互いの様子を感じ取りやすいところがいい。


業務量が減るどころかますます忙しくなってゆく中、自席の山積みの仕事で目一杯で、住民さんとの接点をあまり持てずにいる地方公務員はたぶん全国で増えていると思う。
「コミュニケーションが大事」といくら思っても、心がけや意識改革で行動は変わりにくいし、なによりつづけにくい。日常性をどう形づくるかが大事で、建築や空間のいい点は、重力のように24時間・365日、人の背中を押しつづけてくれることだ。

同じ地域で暮らして働いている人々の導線が重なり合う場所があって(住民も行政職員も)、そこにちょっとした滞留性があれば、何気ないやりとりが自然に生まれやすくなる。
小さな市町村なら、住民アンケートやパブリックコメントといった手法に頼るより、通りすがりに「あれいいね」と声をかけてくれる人が何人かつづいたり、掲示物の前で立ち止まっている人の姿が見えたり。そういう情報種の方が、手応えとしてよほど心強いんじゃないか。

役場庁舎はこれから、その地域で暮らしたり働いている人々が、まちの空気を互いに感じられる広場のような空間にどんどんなってゆくんじゃないかな。いやもう既になっていて、私が知らないだけか。

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前に訪れた海士町は、役場の産業創出課のオフィスを港のターミナル施設(キンニャモニャセンター)に置いていた。雲南市の新庁舎(2015年竣工)を2016年頃に訪ねたら、建物は誰でも入りやすく会議室は住民に開かれていて、高校生も使っていたっけ。

そんなことを思い出していると、何日か前に greenz.jp/植原さんの記事が流れてきた。佐賀県庁の試み。

この話、もう少し書きます。(つづく)


*私のフォアアールベルグ州探訪はロケハン的で、翌2019年に神山から異なるメンバー数名が再訪(私は非同行)。広域行政のあり方を含む緻密なスタディツアーが実施された。

*一橋大学の「自然資源経済論プロジェクト」が、ドイツにつづきオーストリアに目を向けてまとめた一冊。農林中金による寄附講義「自然資源経済論ⅣA」の成果だったと思う。