【小説】デスメタル乳首破壊光線【前編】
あらすじ
1.イントロ
バンドの練習に行くと、メンバーの二人はすでに肩慣らしを始めていた。俺は二人に声をかけてギターケースを下ろし、防音室の隣の部屋に入った。
狭苦しい事務室でPCの電源ボタンを押す。十数年モノのPCは、殺してくれと悲鳴を上げながら起動した。この断末魔にインスパイアされて書いた歌詞は1つや2つではない。3分ほど聴き入ってから目を開けると、モニターには青空と農場の緑。古いウインドウズマシンの壁紙だ。
メーラーを立ち上げ、出演や対バンの依頼がないかザッとチェック―――一通のメールに目が止まった。
その差出人の名は【ブルータル・ジャック】。
2週間ほど前に対バンしたデスメタルバンドのボーカルだ。デスメタルの力で竜巻を発生させ、ライブハウスの天井を30マイル先まで吹き飛ばした迷惑極まりない奴だった。だが死んだ。俺が乳首破壊光線で丸焦げの焼死体にした。間違いない。乳首にまだ確かな手応えが残っている。なぜ奴からメールが来るなんてことが起こる?
マウスを動かす。メール本文を開くと一語、『vengeance』。
報復。
穏やかでない内容だが、謎は解けた。あの世から死者がよこしたメールではない。誰かがジャックのメールアカウントを使ったのだろう。
俺はこのメールを見て嬉しくなった。
というのも、ジャックが竜巻で破壊したライブハウスの修繕費は、俺たちに請求されているのだ。対バン相手を皆殺しにする痛恨のミス。ひとり生かして帰すつもりがしくじった。結果、全額こちら持ち。
だがジャックの縁故者が復讐にくるというならば。捕らえて金を出させれば良い。
ほくそ笑んでいると、PCがひときわ大きな金切り声を上げて、発火した。プラスチックのケースがぐんにゃりと溶解し、細い煙をひとすじ上げる。オンボロPCが天に召される時が来たか。俺は胸の前で十字を切った。レストインピース。
部屋の隅にある小型冷蔵庫からコロナビールの瓶を一本取り出す。栓を抜き、半分ほどPCに注いで鎮火した。残りは喉に流し込んだ。よく冷えたビール。ネバダの夏、カラリとした暑さを吹き飛ばす爽快感。
だが、このとき俺はドジを踏んでいた。このPCの発火は寿命などではなく、デスメタル能力による攻撃であることに、俺は気づかなかったのだ。
2.バンドメンバー紹介
防音室に戻り、メンバーの二人にメールについて話した。
「練習の後、BARで飲みながら対策を考えるってのはどうだ」
これで満場一致。面倒なことは後回しにするのが、いつもの俺達だ。
あとから考えると、こんな悠長なことを言っている場合ではなかったが、今更言っても遅い。今日は新曲の練習だ。全員で合わせるのは初めててだった。拷問相手から肉を剥いで、目の前で豚に食わせ、その豚を拷問相手に食わせることがその内容だ。食物連鎖などをテーマに据えた、かなり高度なテーマの曲で、サブスクの音楽配信サービスでそこそこの再生回数が期待できるものだった。クオリティを上げるため、いつも以上に練習時間を取りたかったのだ。
時間をかけた念入りなセッションの合間に、俺たちのバンド【ありがちな心筋梗塞】のメンバーを紹介しておく。
ベース担当のサンダーボルトは、デスメタルの力で全身から電撃を放つことができる。対バン相手を感電死させることについて、こいつの右に出るものは存在しない。かなり危険な男だ。
かつては飛び級で13歳にしてマサチューセッツ工科大に通っていたが、教授をクロコゲに感電死させ、退学になった。当人は事故だと主張している。本当かは知らない。
金髪に染めすぎて髪が痛み放題の男で、もう10年以上同じレザージャケットを着続けている。
ドラム担当のソリッドマンは口がきけない。だが、それをどうこう言うやつは、圧倒的なドラムスキルで黙らせた。それでも黙らないやつはソリッドマンの拳を喰らい、下アゴを木っ端微塵に粉砕された。奴ら、もう一生まともに喋れないだろう。
かつて、空軍の訓練生だったが、教官を集中治療室送りにしてクビになった。かなり危険な男だ。
2メートル近い長身に分厚いガタイ、剃り込みの入った坊主頭。演奏しているとき以外はオレンジ色のサングラスをかけている厳つい男だ。
俺、ヴォーカル&ギター担当のエーテルは、デスメタルの力で乳首から破壊光線を出せる。我ながら驚くべき破壊力で、防げるやつはまずいない。俺と対バンしたやつは、およそ三分の一が死んだ。もう三分の一は田舎へ帰った。腰抜けが多すぎる。
俺にギターを教えてくれたのは、年の離れた兄貴だった。兄貴は散弾銃で自分の頭を吹き飛ばして、死んだ。
この3人でデスメタルバンドを組んでいる。普段は町外れのボロいビル、2階の防音室に集まって練習する。そして、ベガスの場末のライブハウス【荒くれ者どもとキツネザル】で対バンに明け暮れているというわけだ。
ラスベガス。カジノの街。ちょいと羽目を外そうと考えた、浮かれた奴らが集まる場所だ。当然、金が集まる。金があらゆるものを引き寄せる。思いつく限りの娯楽と犯罪が街に凝縮されている。ギャンブルだけの街じゃない。一つ裏のとおりに入れば、地下ボクシング、ストリップ、売春、違法薬物、銃犯罪。そして、デスメタルバンドの集まるライブハウスだ。血を見たい奴らを楽しませる。デスメタル能力で殺し合う。命のやりとりを見世物にして、俺達は金を手に入れてきた。
俺たちがバンド【ありがちな心筋梗塞】を結成してから10年の歳月が過ぎ、俺たちの資金は尽きかけていた。ブルータル・ジャックが起こした竜巻が、ライブハウスをぶっ壊したせいで。
3.Vengeance:報復 その1
練習を終え、額を拭う。普段の練習とは比較にならないほど汗をかいていた。Tシャツが重く感じるほどだ。
満足感のあるセッションだった。すべてが噛み合っている、なめらかに、繊細に、しかし力強い、そんな感覚だった。喉の調子もここ数年なかった仕上がりだ。新曲はきっといいものになる。俺たちはしばしの間余韻に浸った。
「それにしても暑い。暑すぎる。冷蔵庫に何本かビールが残ってたよな。あれ飲んでからBARに行こうぜ」
サンダーボルトは立ち上がり、防音室から出ようと、右手でドアノブを握る。そして次の瞬間、
「アアあああああああッついッ!!!!!!」
叫びながら、ドアノブに弾かれるように飛び退いた。
「何事だ?」
俺はサンダーボルトがふざけているのだと思った。ソリッドマンも眉をひそめながら、右手を抱えて呻く男を見つめた。
「大丈夫か? ビールなら俺が取ってきてやるよ……「待て、ドアノブに触るな!」
事務室に向かおうとする俺をサンダーボルトが鋭く制止した。
「ドアノブに触るんじゃない、熱いんだ! ものすごく熱い、ドアノブの常識を超える温度だぜ!」
サンダーボルトは右手をこちらに開いて見せた。その手のひらは、先ほどまで繊細なベース演奏をしていた人間の手とは思えないほど、赤く腫れ上がっていた。
「さっきパソコンが燃えたって言ってたよな、エーテル。それはパソコンの寿命とかじゃねえぞ。デスメタル攻撃だ」
俺はサンダーボルトの言いたいことを、遅まきながら理解した。
「それじゃあ……、この暑さ、ドアの向こうは……」
額に汗が滲む。ソリッドマンも合点がいったという表情で、青ざめながら壁から離れた。
防音室の出入り口は一つしかない。そのドアノブが燃えるように熱されている。発火のデスメタル攻撃。意味するところは単純明快。
このビルが燃やされている。この部屋の外は全部燃えているのだ。俺達は知らぬ間に炎の中に閉じ込められ、丸焼きにされようとしている。逃げ道はない。
俺達がいる防音室の壁は、大量の断熱材を使って防音性能・断熱性能を強化している。その中で爆音の演奏をしていたせいで、外の様子にまったく気付けなかった。燃える音、気温の変化もわからなかった。なんてことだ。
「消防呼ぶか!? 助かるかもしれねえぜ」
サンダーボルトはスマホを取り出した。だが、俺は首を振った。消防車の到着はおそらく期待できない。今から通報しても間に合わないだろう。
ただでさえベガスの消防署は大忙しだ。酔っ払いが飛び降りようとしたり、飛び降りたり。ボヤを起こそうとしたり、起こしたり。浮かれポンチな観光客と犯罪者が山ほどいるこの街では、消防局は年中無休の大繁盛だ。建設現場で事故が起きたりして、近所の全車両が出払っていることも珍しくない。
今から緊急通報したとして、対応にどれだけかかるかわからない。明日まで待たされるかもしれない。ビルが崩れるのが先だろう。じっとおとなしく待っていたら、俺達はまとめて生き埋めだ。
外からの助けは来ない。唯一のドアからは出られない。ならば。
「脱出する。幸いここは二階だ。ケガするかもしれないが、丸焼きか生き埋めよりはマシだろ」
俺の提案に、二人はうなずいた。
俺は演奏体勢を取った。ピックが弦を弾く。演奏することで、デスメタル能力が発動する。俺の2つの乳首から、極めて強力な破壊光線が放たれた。
その熱線の威力は、鉄筋入りのコンクリートを、まるで家電を包む発泡スチロールのごとく、たやすく木っ端微塵に崩壊させる。壁にはポッカリと大穴が空いた。ついでに、俺のTシャツの乳首部分にも2つ、穴が空いた。Tシャツを脱いでからにすべきだったかもしれない。
俺たちは迷わず、壁の穴から跳び出した。ドラムセットや機材は放置だ。残していくのは気が引けたが、躊躇などしている場合ではなかった。踏み切ると同時に、背後で天井が雪崩れ落ちる音がした。炎の熱がついにコンクリートを崩壊させたのだ。
2階から跳び絶った俺は、見事、着地に失敗した。右の足首からグキリとイヤな音がした。捻挫だ。俺の乳首はチタン合金なみの耐久性を持っているが、足首の方は普通の強度だ。ギターをかばいながら、痛みで地面を転がるハメになった。
他の二人は着地に成功したようだった。ご無事で何より。だが、二人は俺を助け起こそうとはしなかった。それどころではなかった。
俺達の前には、機材を完璧に設置したデスメタルバンドが、演奏体勢を整え、待ち構えていたのだ。
4.Vengeance:報復 その2
ベガスの町外れは街の中心部とは違い、道路の舗装すら、まともになされていない。風が吹くたびに砂煙がもうもうと巻き上がる。
周囲は戸建ての住宅や、小さなアパートメントがほとんどだ。中心部の観光地に勤務する人々が、帰って体を休める家々だ。そのなかに建っていた、俺たちがいた4階建てのビルはかなり悪目立ちしていたが、たった今、背後で崩れ去った。
そして目の前には準備万端のデスメタルバンドが今まさに、演奏を始めようと、待ち構えていた。傍から見るとシュールな光景だろうが、絶体絶命の状況だった。
こいつらがあの、報復を予告するメールを寄越した奴らに違いない。想像以上に素早く、計画的に仕掛けてきやがった。電光石火の早業、あまりの用意周到ぶりに俺は舌を巻いたが、感心している場合ではなかった。足首の痛みをこらえ、立ち上がる。Tシャツに空いた穴から、砂煙が入り込み、乳首を刺激するが、気にしない。俺達は襲撃者たちと正面から向かい合った。
相手は4人組、20代前半の若い奴ら。俺はこのデスメタルバンドに見覚えがあった。メタル雑誌のインディーズ特集で取り上げられていたはずだ。確か、バンド名は……
「俺たちは、【サンズ・オブ・ブルータル・ジャック】だ」
サンズ・オブ・ブルータル・ジャック。残虐ジャックの息子たち。
捻りがまったくないが、この上なくわかりやすい。息子たちが、大好きなパパの復讐に来たというわけだ。
最初に仕掛けたのはこちら側、サンダーボルトだった。ベースの4本の弦がうなり、デスメタル能力が発動する。デスメタルの力で電撃を放ち、敵の機材を木っ端微塵に破壊しようとしたのだろう。だが、俺たちは、音を増幅させるための機材、アンプを持っていなかった。燃えるビルの中に置いてきてしまった。
サンダーボルトのベースの音は、敵の叩く、激しいドラムの連打にかき消されてしまった。音が届かなければ、デスメタル能力も届かない。
逆に、敵のドラム野郎のデスメタル能力がサンダーボルトに襲いかかった。ベースを弾く右手が発火したのだ。
さきほどオンボロパソコンを発火させたり、ビルを燃やしたりしたのは、こいつの能力に違いなかった。メタル雑誌では確か、【アーソン】と紹介されていた。すなわち、放火魔の異名をとるドラマー。かなり危険な男だ。その腕力は、ドラムが壊れないのが不思議なほどの威力でスティックを振るった。
俺達は完全にピンチにおちいっていた。音を出そうとしても、爆音のドラムに塗り潰されてしまうのだ。アンプをもたない俺達は圧倒的不利。敵の作戦は完璧と言ってよかった。こちらにはソリッドマンがいるという点を除けば、の話だが。
ソリッドマンのドロップキックが、アーソンに炸裂した。もはやデスメタルもへったくれもないが、こういう場合は、普通の暴力に訴えたほうが効果的だ。蹴り飛ばされたアーソンの体は、まるで大型トラックに跳ね飛ばされたかのごとく、空中で高速キリモミ回転した。
落下して地面にぶつかり、三回ほどバウンドしてようやく止まったときには、アーソンの意識はなかった。死んだかもしれない。なにせ、ソリッドマンの膂力の前に、五体満足でいられた者はほとんどいない。
突然の凄まじいデスメタルと無関係な暴力に、敵の動きは固まった。その瞬間を俺は見逃さない。即座に、6本の弦の上に、5本の指を走らせる。俺の渾身の乳首破壊光線をお見舞いしてやるのだ。
放たれた乳首破壊光線は、眩しいほどの光を放ち、俺の乳首の動きに合わせた軌跡を描く。
そして、敵のボーカルとベース、ドラムのアーソンの体を、真っ二つに両断した。
かくして、ラスベガスの端っこの路上に、出来の悪いB級スプラッター映画のような光景が出現した。
3人の上半身と下半身はサヨナラし、それぞれ勝手にジタバタ動きながら、切断面から血をダバダバと吹き出していた。およそ、住宅街で発生していいシチュエーションではない、世にも悲惨なありさまだ。
突如出現したあまりの惨状。敵の最後の生き残り、ギターの男、【トキシック・カーティス】は失禁し、両手をギターから離して、空に掲げた。これは降伏を意味するジェスチャーだ。眼の前で兄弟が真っ二つになっては無理もない。
メタル雑誌によると、トキシック・カーティスは、デスメタルの力で毒ガスを出せる。観客もろとも巻き込んで、対バン相手を毒殺する悪質なヤツだという。かなり危険な男だ。だがその能力は、屋外では今一つだったようだ。風で毒ガスが流されてしまうのだ。俺たちはこいつに攻撃されたことにすら気づかなかった。かくして、カーティスは何もできず、俺たちに拘束される結果となった。残念なやつだ。
こうして俺たちは、カーティスという、債務返済の足がかりを手に入れた。あとはジャックの遺産をカーティスから奪い取るだけだ。
5.インタビュー・ウィズ・デスメタル
人が来ないうちに、穴を掘ってアーソンたちの死体を埋めた。ラスベガスの地面を掘り返すと、デスメタルバンドの死体が山ほど出てくるはずだ。なにせ、対バンの度にそこらに埋めている。
俺達はカーティスを縛り上げ、キャンピングカーに放り込んだ。このキャンピングカーは近場に駐車していたもので、ビルの崩落にギリギリ巻き込まれずにいた、ラッキーボーイだ。ボーイと言うには古い車だが。かつて対バンで奪い取った車両だが、長期間放置していたため、サビが浮いてボディがボロボロになっている。
とりあえず、カーティスを尋問する場所を用意しなければならない。こういうときに便利なのが、バケーションレンタルのアプリだ。そのへんの個人の住居を安く借りられる、民宿サービスだ。貸主の方は、まさか監禁・拷問のために使われるとは思ってもみないだろうが。
「ベガスに遊びに来たんだが、安いモーテルに空きがなくてね」
と嘘をつき、ガレージ付きの家を2泊借りた。
「汚さないでくれよ」
と言われたが、正直、保証はできない。
キャンピングカーをガレージにしまうと、カーティスを車から引きずり出した。カーティスの顔色は驚くほど青く、ブルーチーズのようなまだら模様になっていた。人間の顔としてはかなり変だが、兄弟3人が悲惨きわまりない死を遂げたばかりなので、無理もない。俺はガレージにあった延長ケーブルを使い、カーティスを椅子にグルグル巻きに固定した。
「さあて、と」
サンダーボルトが肩をぐるりと回した。拷問はこの男の担当だ。その手にはいつの間にか、車のバッテリーとブースターケーブルが握られていた。そのへんの車からかっぱらって来たのだろう。
サンダーボルトは手際よく、バッテリーとカーティスの両乳首を、ブースターケーブルで接続した。この状況でバッテリーの電源を入れるとどうなるかは火を見るよりも明らかだが、一応説明しておくと、両乳首が破壊され、焼け落ちることとなる。かなり痛そうだ。
ただでさえ青かったカーティスの顔は、更に青さを増し、映画アバターにこんなやつ出てくるよな、というぐあいの顔面蒼白の極地に到達した。自分の乳首がこれからたどる末路を想像したのだろう。
尋問官サンダーボルト死の方はといえば、かなり虫の居所が悪そうだった。
「いいか、カーティスさんよお。俺はかなりイラついている。なんでだと思う? さっきドアノブで右手を火傷した。その上、右腕に火まで付けられた。はっきりいって、今日の俺はまるでいいトコ無しだ。ここから挽回するためなら、お前の乳首や金玉の数を半分にするくらいのことは平気でやるぜ、俺は」
喋りながら、カーティスの椅子を、ブーツのつま先でゴツゴツと蹴りつける。
「お前に聞きたいのは一つだけだ。よく聞け」
サンダーボルトは、カーティスに詰め寄った。
「お前の親父、ブルータル・ジャックの遺産についてだ。いくらある? どこにある? さっさと喋れば無事に生かして帰してやる」
この調子ならすぐに聞き出せるだろうと思い、ソリッドマンと俺は見物モードに入り、尋問をぼんやり眺めていた。だが、カーティスの答えは予想とはまったく違った。
「金はお前らが奪ったんだろうが」
「なに?」
サンダーボルトは困惑した。そして、キレた。バッテリーの電源がオンになり、カーティスの乳首から、香ばしい匂いが漂ってきた。焦げ乳首の匂いだ。
「テメーの親父、ジャックのせいで、俺らはカツカツになってんだぞ! ふざけたこと抜かすと乳首の次は金玉だ! わかってんのか!」
サンダーボルトの怒りに満ちた鬼の形相を見て、今度はカーティスが困惑の表情を見せた。
「お前らが金を持っていったんだろう? 親父の銀行口座は消えていた。出生証明とかの公的記録も全部消されていた。どうやったのかは分からないが、お前らの仕業だろう」
どうも話が噛み合わなかった。金がない、それだけならわからないでもない。だが、公的記録が消されている? 社会保障番号や出生記録、納税記録まで抹消されている。カーティスはそう主張した。銀行口座も消えているときた。これでは金が全く手に入らない。
何者かがジャックを存在しなかったことにしようとしているのか? なんのために? 俺達の借金は相変わらずの上に、謎が増える始末だ。
これ以上、カーティスから引き出せる情報はなさそうだった。拷問終了。サンダーボルトとバトンタッチしたソリッドマンが、カーティスに稲妻のような平手を食らわせた。鋭い一撃がカーティスの顔に直撃し、カーティスの意識はどこかへ飛んでいった。手荒い寝かしつけだ。
6.BARで聞き込み
すっかり日も落ちた。そろそろ開店時間だ。俺たちは【BAR 強めの圧力鍋】の扉をくぐった。
強めの圧力鍋はベガスの場末、ライブハウス【荒くれ者どもとキツネザル】から少し離れた場所にある。観光客はほとんど来ない寂れた店で、テーブル4つとカウンター席5つの狭苦しいところだ。いつでもデスメタルバンドの連中が数人たむろしている。ビール一本とドリトスを注文して安く済ませ、お決まりのテーブルで長居している迷惑な奴らだ。
この連中に最近の業界ゴシップを聞き込みしようと、俺たちは店を訪れた。奴らは単なる噂話好きではなく、マフィアなどの裏社会に通じる情報まで、およそ界隈のデスメタルに関わることはなんでも知っている。おそらく、ジャックの遺産につながる手がかりが手に入るはずだと俺達は踏んでいた。
だが、この日は店の様子がいつもと違った。
店の中を見回したが、レザージャケットの汚い長髪の男は一人も見当たらない。カウンターには還暦そこらの老人が突っ伏し、トイレ近くのテーブルには若いカップルがいた。だが、いつものテーブルに座る者の姿はどこにもなかった。
「プリウス、デスメタル連中は来ていないのか?」
俺はカウンターの中のプリウスに声をかけた。
プリウスはバーのマスターだ。いつも、30年前に死んだ女房とやったアブノーマルプレイの話をするが、どこから見ても二十歳そこらの男だ。時間の流れが歪んでいるのか、またはヘロインのやりすぎで脳をやられたのかだろう。
プリウスは返事をよこさず、天井からぶら下がった照明を見つめていた。視線の先、ホコリを被った傘のかかった裸電球が、時おり明滅しては、ピン、と音を立てた。プリウスは視線を動かさないまま、ハイネケンの瓶3本と、ボウルに盛られたドリトスをこちらに寄越した。いつもの連中と俺たちの区別がついていないようだった。
プリウスの死んだ女房の話が始まる前に、俺は磨かれた一枚板のカウンターに、5ドル札を3枚置いた。3人で空いているテーブルに座り、それぞれハイネケンの栓を抜いて一口、喉を湿らせる。夏の暑さを吹き飛ばす最高の瞬間だ。
「手がかりナシだな」
サンダーボルトは不満げな顔で言った。ソリッドマンも苛立ち混じりのため息を吐いた。
「ブルータル・ジャックの金が消えて、噂話好きのアホどもも見当たらねえ。アイツラどこにいっちまったんだ。どうする?」
ここにくれば、なにかしらわかると思っていたが、見事に当てが外れてしまった。なんのアイデアも浮かばない。ドリトスをつまみ、ビールで流し込んだ。大漁の汗を流したあとの体に、ケミカルな塩味が沁み渡った。
「どこに行ったんだろうな、あいつらは。死んだわけではないと思うが……」
いつもこの店にいるメンバーは、一筋縄ではいかない奴ばかりだった。俺たちと対バンした事もあるが、奴らはしぶとく生き延びている。まさに歴戦のデスメタル男達だ。
”バードマン”・マーカスは、デスメタルの力で鳥を操ることができる。かなり危険な男だ。奴の操作するカラスに眼球を持っていかれた奴は数知れない。盲目でギターを弾く琵琶法師みたいなのをベガスで見かけたら、そいつはマーカスの犠牲者かもしれない。投げ銭|《せん》を多めにやってくれ。
マーカスは奪った眼球を自室に飾るのを趣味にしている。女房はそれを不気味に思い、子供を連れてオクラホマの実家に帰ってしまった。それ以来マーカスは養育費の支払いに追われている。
”スリップ”・クレイグは、デスメタルの力で床を滑りやすくすることができる。こう聞くと大したことないと感じるかもしれない。だが、それは間違いだ。クレイグが能力を使うと、転んで骨折した観客や対バン相手が絡まり合う。ライブハウスから脱出しようにも滑って出られず、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。かなり危険な男だ。
クレイグは滅多に風呂に入らず、ひどく臭う。厄介な能力と悪臭のせいで、ライブハウス側には滅茶苦茶に嫌われている男だ。客から人気がなければ、出禁にされているところだ。
ジョニー・”イラ■チオ”・ドーソンは、デスメタルの力で敵のチ■ポを爆発させる事ができる。かなり危険な男だ。爆発させられた奴は吸い上げられるような凄まじい快感を覚えたという話から、この卑猥なニックネームがつけられた。はっきり言って、こいつとの対バンはかなりヤバかった。危うく、品種改良されたブドウみたいに種無しにされるところだった。
イラ■チオ・ドーソンは俺と対バンした際に乳首破壊光線で両足を失い、半年もの間、病院のベッドの上で生死の境を彷徨った。だが、義足を装着し、今も第一線で戦うツワモノだ。いまは医療費の支払いに追われている。
ほかにもこのバーに立ち寄る奴らがいたが、どいつも恐れ知らずのイカレポンチ、かなり危険な男たちだ。
酒場から離れるときは死ぬとき、と豪語しているような連中がそろっていなくなるとは、一体なにが原因なのか。俺たちには見当もつかなかった。
「おれは、おれはしってるぜ……」
不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこにいたのはカウンターに突っ伏していた老人だった。 酔いが回っているのだろう、足元おぼつかない感じで、つよい酒の匂いがした。
「知ってる、ってのは? 常連のデスメタル連中の居所を知っているということか?」
「ああ、そうだ」
「どこだ、教えてくれ。礼はする」
謎だらけの状況で、猫の手も借りたいくらいだった。渡りに船だ。
「あいつらは連れて行かれちまったんだ。デスメタルの連中はみんな、白くて四角い…」
「白くて四角い?」
「UFOに、宇宙人に連れて行かれたんだあ」
次の瞬間ソリッドマンの拳が炸裂し、老人は床に昏倒した。死んだかもしれない。ソリッドマンの拳が直撃して生きていられる年寄りが存在するとは思えない。だが、酔っぱらいジジイのたわごとのせいでドッと疲れが来てしまったので、老人はそのまま床に放置することにした。
ここはネバダだ。ベガスの北には宇宙人オタクの聖地、ネバダ州レイチェル、通称エリア51がある。エイリアンジョークを言う酔っ払いもたまにいる。くだらない。
バーを出て、コンビニでスナックを買い込んだ。店で食べたドリトスだけではもの足りなかった。ガレージに置いてきたカーティスにも、食わせるものが必要だ。チキン屋に寄ってフライドチキンのバスケットを注文した。これだけあれば足りるだろう。
買い物袋をもって、レンタルした家に向かって歩いていると、そこには予想外の状況が待ちうけていた。
ガレージの前には白いバンが5台も停まっていた。誰かが縛られているカーティスを見つけて通報したのか? 俺たちは路上駐車の影に隠れ、遠巻きに様子をうかがいながら、バスケットからチキンを取り出し、かじった。
よくよく状況を観察してみると、ガレージの周囲には、マシンガンを持ち、白い防護服を着たやつらがうろうろしている。
「何もんだ、あいつら。まるでスターウォーズに出てくる雑魚キャラみたいだぜ」
サンダーボルトが眉をひそめた。
確かに、ストームトルーパーのような風体の連中だった。白いヘルメットにブラスターライフルをもった、銀河帝国軍の役立たずどもにそっくりだ。警察でも消防でもないように見える。防護服だけ見れば、おそらく衛生局の職員だと推測するところだ。
だが、衛生局の職員がマシンガンで武装しているという話は聞いたことがない。ネズミでたり、アスベストが検出されたりしたからといって、武装したり銃弾を撒き散らしたりはしないはずだ。一体、どこの組織の連中だ?
ガレージのシャッターは引き裂かれるようにして破壊されていた。そして、白い防護服の連中は、縛られたカーティスを椅子ごとガレージから運び出し、そのまま白いバンに押し込もうとしていた。
バーにいた老人の言葉を思い出す。
「白くて四角い、UFOに、宇宙人に連れて行かれたんだあ」
【後編に続く】