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【不可思議】心理学の有名な実験から、人間の”欠陥”がどう明らかになっていったかを知る:『心は実験できるか 20世紀心理学実験物語』

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有名な心理学の実験はどう行われ、何を示してきたのか

著者は心理学という学問をどう捉えているか

本書の著者はノンフィクションライターだが、心理学者でもある。自身も心理学という世界に身を置く彼女は、「心理学という学問」についてこんな風に書いている。

19世紀末、心理学の祖と考えられているヴィルヘルム・ヴントが世界初の道具的な心理学実験室、つまり計測を専門とする実験室を開設した。こうして科学としての心理学が誕生した。しかし、本書の実験が示すように、心理学は逆子の奇形児として生まれた。それは科学であるとも、ないともつかない怪物だった

著者は「心理学」を、科学であり科学ではない、と捉えているのだ。

心理学と科学とが結びついたこの学問は、誕生のときから先天異常があった。自力で呼吸できなかったのである。科学を、問題を体系的に追究して普遍的な法則に相当するものを生み出すものと定義するならば、心理学はその条件を満たすことに失敗し続けてきた。科学は現象を命名し、分離し、時間関係の中に位置づける。けれど、どうやって思考者から思考を、流れる思いの中から観念を分離できるというのだろう。身体ならば掴んでおくことができる。けれどもその行動は? この分野の本来的な性質が、科学的探求や科学的実験の成功を許さないのである

つまりこういうことだ。「科学」とは「普遍的な法則」、つまり「どんな場合でも成り立つ法則」を追い求める。しかし、「人間の心理」が対象となる「心理学」においては、そこから「普遍的な法則」を取り出すことは難しい。その「難しさ」の本質はいくつかあるが、その「難しさ」ゆえに、「心理学」というのは「実験が上手くいったかどうか判断することが困難」になるというわけだ。

本書は有名な10の心理学実験を取り上げる作品だが、そこで描かれているのは「実験手法」や「実験結果」だけではない。「心理学という”科学の逆子”に関わる者たちが、どのような軋轢・逸脱を生み出してきたか」という歴史を描き出す作品でもある。

「心理学の実験」には常に、倫理・道徳の問題がつきまとう。「特殊な状況に置かれた人間がどう振る舞うか」を知るためには、「被験者を特殊な状況に置く」必要があるが、そのこと自体が倫理的・道徳的に認めがたい、というケースもある。現代ではとても許容されない実験もあるだろう。

「心理学」とは、そのような歴史の堆積の上に成り立っているのだ、ということをまず理解しておこう。

本書で紹介される10の実験について

先程も触れた通り本書では、20世紀に行われた様々な心理学実験の中から10個選び、それらについて「何故実験が行われたのか」「どんな影響を与えることになったのか」「どんな課題が残ったのか」などについて詳しく触れていく作品だ。

選んだ基準について著者はこう書いている。

私はここに10の実験を選んだ。選択の基準は、同僚や私自身の物語的好みに基づくもので、私たちの目から見てきわめて大胆な疑問を大胆なしかたで提起している実験、というものだ。私たちは何者か。何が私たちを人間たらしめているか。私たちは本当に自分の人生を自分で決めているか。道徳的であるとはどういうことか。自由であるとは

一言で言えば、「インパクトがある」ということだろうか。確かに、インパクトの強い実験が多い。

それでは本書で紹介される10の実験の名称を以下に挙げよう。

スキナー箱を開けて(スキナーのオペランド条件づけ実験)
権威への服従(ミルグラムの電気ショック実験)
患者のふりして病院へ(ローゼンハンの精神医学診断実験)
冷淡な傍観者(ダーリーとラタネの緊急事態介入実験)
理由を求める心(フェスティンガーの認知的不協和実験)
針金の母親を愛せるか(ハーローのサルの愛情実験)
ネズミの楽園(アレグサンダーの依存症実験)
思い出された嘘(ロフタスの偽記憶実験)
記憶を保持する脳神経(カンデルの神経強化実験)
脳にメスを入れる(モニスの実験的ロボトミー)

この中で、本書を読む前に「ざっくりとでも実験に関する知識を持っていたもの」は大体半分と言ったところ。特別心理学に詳しいわけではない私が半分知っているということは、やはりメジャーな実験が扱われているということだろう。

この記事では、私が気になった5つの実験について紹介しようと思う。

ミルグラムの電気ショック実験

「心理学の実験」の中でも特に有名で、心理学についてまったく詳しくない人でも、何かしらで見聞きする機会が多いだろう実験だ。

この実験は「アイヒマン実験」とも呼ばれている。ホロコーストの責任者の一人であり、数百万人のユダヤ人を強制収容所に送ったアイヒマンは、当然「極悪非道」と捉えられたが、ミルグラムは、「アイヒマンの冷酷非情さは、本当にアイヒマンの個人の性格によるものなのか」を検証しようと考えて実験を行った。

実験の主たる目的は、「権威ある存在から強制された場合、他人を殺すような行動さえとってしまうのか」を調べることだった。ミルグラムが行った実験は以下のようなものである。

被験者は、目の前のボタンについて説明される。向かいに解答者(実験側の人間だが、被験者には、解答者も同じく被験者だと思い込ませる)が座っており、出された問題に解答者が正解できなければ、そのボタンを押すように命じられる。そのボタンは、解答者に電気ショックを与えるためのスイッチであり(実際に電気は流れず、解答者が電気ショックを受けている演技をする)、1問間違えるごとに電圧は上がっていく。電圧を上げる度に解答者に悲鳴は酷くなり、死んでしまうのではと想定されるような状況になるが、白衣を着た実験者から、解答者がどういう状態になろうがボタンを押すことと指示される。

この状態で、被験者は苦しむ解答者にどれだけ電圧を高めた電気ショックを与えてしまうか、を検証するという実験だ。

結果はなかなか驚くべきもので、65%もの人が最大電圧の電気ショックを与えたという。

これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます

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