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コーディネーターはスワンボートに乗って Ⅲ③ § En la mezo de la vojaĝo : In the middle of the journey §

「おはよォ。オレの隣に戻ってきてくれよォ。淋しいじゃないかァ」

 おはよう、とだけ返し、フリーコックからの要請はスルー。小さく息を吐くと、背中にガスッと何かがぶつかった。振り返ると二度寝体勢に入ったブランカの足が、俺の背中に蹴りを入れていた。

「なァ、マサキぃ。戻ってきてくれよォ」
「まだ完全復活してねえから無理」
「普通にしゃべれるようになったじゃないかァ。こっちきて喋ろうよ。喋ってくれよォ、オレとォ」

 二度寝してろよ、と会話を終わらせ、ブランカの足をどけて座り直す。途端再びの蹴り。連続で蹴られてもリバースしないなら多分平気だ、と体調を分析。こんな方法で? と疑問に思いつつ。

「マサキぃー。そういえば今回の出張の内容って話したっけ?」

 どうあっても話をしたいのか。

「だいたいのことは昨日準備してる時にマルコから聞いた」

 オフィスで眠り(気絶かも)から覚めた俺に、マルコは、簡単なものだけど、と言って、出張の計画書を見せてくれた。それは【よそ者】の俺が見ても非常にわかり易く、嫌味がない緻密さがあり、体裁の整えられたものだった。
 
 コイツ、デキる
 
 素直に胸の中で唸った。普段からエリート正社員達が作る企画書やらなんやらをチラ見しているから、俺だって【出来の良さ】くらいはわかるんだ。
俺はマルコの指示に従って動いた。与えられた仕事をこなすのは慣れている。移動中の食料を含む荷物の準備。チェルボが手配した新しいハウスボートへの荷積み。スワンの首の移設。無駄のない流れで、特別バタバタすることもなく、夕方までに作業は終わった。

 その後、夕食の場である屋台村へ。予約だけなら驚きはしなかったけど、出張前だからはしゃぎ過ぎないように、と賑わいから離れた隅の席を確保していた。打合せをしながら他の客に迷惑にならないよう食事をするには、そこが最適なのだとか。どこにでもいるんだな、デキるヤツは。

「マルコから聞いてるなら安心安心! 今回も一緒に頑張ろうな」
「一緒にって……前回、俺は別に何も」
「そりゃあ初回はそうさ。今後は、どんっどん積極的にな!」

 それができる性格なら、もっと違う人生だったと思うけど。自分の意見を述べたり、それを主張したりするのは苦手なんだ。俺が思いつくことなんて誰でも思いつけるだろうし、誰も思いついていないかもと思っても、その考えが【良い考え】であるのか自信がない。だから、言われて動くほうが楽。

「なあ、フリーコック」
「ん? どうしたァ? こっちにくるか? いいぞ! 早くおいでなさいな!」
「最後まで聞けよ……お前の会社、内勤はないのか? ひとりで事務作業とか」
「ないよ。外に出てなんぼでしょうが、営業マン兼任なんだからァ」
「あっそ……んじゃ出張は、いつも全員で?」
「いつもってわけじゃないさ。小規模なツアーやアーロ近辺での営業なら、二手に分かれたり、担当者が単独で動いたりもする。ん? もしかしてマサキは、アーロでお留守番のほうが良かったか?」
「え?」
「働くのは嫌いか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「マサキがアーロに残っていて、もしオレ達が予想外のトラブルで戻れなかったら、食事とか身の回りのこと全部、マサキが自分で調達しないといけないんだぞォ。何日もそれが続くかもしれない。それでもいいのか?」
「あ、いや……無理だわ」
「だろォ。まだ街のこともよくわからないし、不安もあるだろうしなァ。だから、しばらくは一緒に行動したほうがいい。マサキを残してとなると、オレ達も落ち着かないし。あちこち連れ回して、疲れさせて申し訳ないとは思うけど」
「あ、いや、そういうのは……まあ、大丈夫」
「そうか? なにかあったらすぐに言うんだぞォ。無理は禁物」
「了解……」

 意外。まさかフリーコックがちゃんと俺のことを考えて行動していたなんて。少し見直した。フリーコックの隣に戻ってやろう、と屋根を降りかけた、その時。

「なァーんて、ほっとんどマルコが言ってたことなんだけどな! オレはとにかくマサキに色んなもの見せてやりたいし、お前の話も聞きたいし、ずーーーっと一緒で構わないから連れ回してやろうと思ってるんだ。でもマルコはそういう視点では見ていない。うん、ほんっとにアイツはしっかりしてるよなァ。優秀、優秀!」

 少しであれ、コイツを見直した自分が恥ずかしい。屋根から飛び降りざまに蹴りを入れたくなったけどグッと堪えた。堪えた自分を心の中で褒めた後、俺は運河の先を見つめた。マルコよ、頼むから早く戻ってきてくれ、と願いながら。


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