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コーディネーターはスワンボートに乗ってⅤ⑱§ Lakta Vojo : Milky Way §

 夕暮れが夜の気配に背中を押され始めた頃、住民達が岸辺に集まってきた。俺達は急遽、橋を利用してのライブイベントを開催することにしたのだ。すっかり仲良くなった古民家風カフェの店長に宣伝してもらった。対岸の町にも聞こえるよう、相当大きな声で。
 
 急ごしらえのイベントだけど、俺達は成功するビジョンしか持っていなかった。みんなが俺のアイデアに賛同したのは、運河だらけのアーロに暮らしているからこそ。アーロは建物の隙間を縫うように方々に運河が走っているため、広い土地がほとんどない。だから運河にかかる橋を利用して市を開いたり、イベントを開催したりするとのこと。橋の上でパーティーを、というアイデアは、容易にイメージできたらしい。
 
「僕も、やっと役に立つね」
 
 言ってマルコは飛び立ち、上空から花びらを撒いた。色とりどりの雨にあがる歓声に、心が躍る。塀を撤去した橋に明かりを灯し、ライブイベントスタート。
 
 歌を得意とするカエル系の町からはバンドを引き連れたシンガーが登場。依頼主も途中参加し、普段の小さな声とはかけ離れた、高らかな美声を披露。その姿に、惜しみない拍手が送られた。
 
 ダンスを得意とするイモリ系の町からは大勢のダンサーが。依頼主の彼女も、当然参加。細長い体と手足を生かした、クネクネと、どこか怪しげなダンス。あまりに見入りすぎて、魔法にかけられるかと思った。
 
 それぞれが見事なパフォーマンスを見せ、ライブは終了。その後、橋の上はビュッフェスタイルのオープンカフェに変身。
 
 開票結果を受け、住民達は少しずつ心を開き始めた様子で、モジモジしながら対岸の異性に話しかける者や、声を抑えて話しかける者、対岸に足を踏み入れる者、他にも、色々。
 
 数日前、ここに着いた時には想像できなかった光景。俺は全体を眺めたくて、橋から離れてハウスボートの屋根にのぼって、しばらくの間、そこから景色を眺めていた。
 
 淡い照明。騒がしいのとは違う賑やかさ。流れる音楽。たくさんの笑い声。
 
 自然と笑顔になっているのがわかった。こっちの世界にくる前の俺は、楽しそうな場面を、空間を、嫌っていた。いや、嫌いになろうとしていた。自分には分不相応だと思ったから。
 
「いいねェ、みんな楽しそうじゃないか。マサキも飲んでるゥ?」
 
 いつの間に。
 
 酒が入っているのか、フリーコックは、ゆらりゆらりとした足取りで、俺の隣までやってきた。お前も飲むか、と言って差し出されたのは、ノンアルコールの炭酸。コイツは雰囲気で酔えるタイプらしい。
 
 乾杯もせず、瓶入りの炭酸を喉に流し込む。やたらと冷えていて、うっかり咽込んだ。
 
「おいおい、しっかりしろよォ……まあ疲れてるからな。粗相は大目にみましょう」
 
 はいはいそりゃどーも、と返しながらも、視線は前方に固定。
 
「フリーコック……いいのか?」
「ん?」
「いいのか、ここにいて」
「んん?」
「ブランカは、あっちだぞ」
「もう、しつこいねぇマサキは。お前と話がしたくてこっちにきたんだよオレは。ありがたいと思いなさいよォ」
「なんでだよ」
 
 そうは言ったけど、顔は緩んでいた。俺も、ただの炭酸でも酔えるのかもしれない。


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