宿災備忘録-発:第3章5話①
九十九山。雑木林の只中。雨音が空間を満たしている。鳥も虫も、木々の枝葉も、全てが雨に主役を譲り、息をひそめている。繁茂する緑は、足元に、進む体に触れ続ける。九十九山の奥深くへ向かう道。否、道とよぶには足元の命が多い。今、歩いているものがいるから、道となっているだけ。
美影は、ひとり山に入って行く祖母の背中を思い出していた。たったひとりで、こんな場所を歩いていたのだろうか。代々の山護が歩いて回っていた頃は、ここも道とよべるほどに、生き物の足跡を感じられていたのかもしれない。