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真剣に生きてるひとは、皆同じなんだ。給料安くても、落ち目でも。クリエイターでも、他の仕事でも。若くても、歳でも。

 今日、オレは大人のひとにからんだ。

 学校の先生や親だと、怒られるから怖い。
 だから自分を直接怒れない相手を選んだ、はずだった。

 だって英語の成績がまた下がった。
 体育の授業でどんくさく転んだ。
 クラスでもててるあいつに、オレの好きな子が告ってた。
 誰かに八つ当たりしても仕方ないじゃん?


『 松が丈市民のフリースペース』
 その看板の隣には、10席ほどの横一列イステーブルがある。多目的ホールの片すみ。

「あちぃ」
 地味な扉を開けると、こもる熱気が顔に吹いてきた。7月だというのに、クーラーも付かない。
 掃除してるはずなのに、うす汚れた床。木目風の安っぽい机。折り畳みに毛が生えたようなイス。
 金のなさそうな人や自分ら学生が、時々座ってる。
 席の間に仕切りプラが付いていて、隣の人が見えない。

 そこにある人が毎日のように来ているのを、オレは知っていた。
 この松が丈市出身の漫画家で、今は全然売れていない。
 昔週刊少年ジャンプスに載ってた写真を、ちょっと老けさせた現在。
 冴えなくてぼーっとした顔。30代くらいの、髪ボサボサな男の人。

 学校帰り寄ってみたら、今日も来ていた。
 窓の網戸から少し風が入ってくる、貧乏フリースペース内の特等席を占領してやがる。
 右手は、なんかを書いてるみたいだ。左手は、頭をボリボリ搔いている。

 オレはその人の3つ離れた席に座って、マンガを取り出した。
 今、他に誰もいない。絶好のチャンス。

「落ち目、落ち目、と」

 3つ左に離れた仕切りの中で、とても小さくボソとつぶやいた。

 別に誰に言ってるかわかんないじゃん? 
 どうせオレのことどんなヤツかなんて、バレないんだからな。

 3つ右に離れた仕切りから、声がした。
「顔も頭も運動神経も、全部冴えない」

 オレは思わずそちらを見た。猫背の背中だけが、仕切りからはみ出ている。

 なんでわかるの? オレのこと見えないはず。声だけじゃわかんないよね?

「愛読書ワンピース」
 手元にあるのは、確かにワンピースの100巻。
 何このひと? なんで?
 オレは思わず口を押さえた。

「成績落ちたか、好きな子にふられたか」
「ふ、ふられてなんかないし!!!!」
 一瞬の沈黙。

「フフッ」
 笑う息。イスを立ち上がる音と共に、真後ろからぶわっと圧がやって来た。
 背筋に冷やりとしたものが走る。

「おお、ワンピースの100巻じゃん。いいよねーこの表紙」
 肩まであるパーマが、オレの後頭部に刺さってきた。脂汗くさい。
「あ、あの」
「オレのは面白くなかった? ブルーレッドスカイ、っていうマンガ、昔ワンピースと同じ雑誌に載ってたんだけどー」
「い、いやその」
「俺が地元出身なこと、よくわかってるんだよねー?」
 とかしてもいない爆発頭。よれよれなジーンズのポケットに手をつっこんで、そのひとは薄ら笑いしている。

「オレ、少年ジャンプスから干されたように見える?」
「え、え?」
 干されたんじゃないの?
「まあ、依頼来なくなったけどさ。でも今度はゲーム原作書いてみてんの」
「マ、マンガも面白くないのに?」

 ぱさついている前髪の下に、一瞬殺気が走った。

 しまった!
 冴えなくてぼーっとしてるヤツなんて、なんでオレそう思ったんだ? 
 なんて目だ、この人。殴られたりしないうち、逃げないと。

「ねーキミ」
 立ち上がろうとした自分の肩に、ぬめっとした両手が置かれた。
「そこまで言うんならさ。何も見ないでワンピースのルフィアをこのメモ用紙に書いて、どっちがうまいか競おうか」
「そんな、そっちのほうがうまいに決まってるじゃないですか」
「いいから、描・け。その表紙絶対見んじゃねえぞ」
 オレの喉は、はっきり音たててツバをのみこんだ。嫌な乾き方をしてる。また席に座るしかなかった。

 地元の漫画家は、何も見ないであっという間にルフィアを描いた。

 オレはというと……
「なにそれ? 100巻まで読んでながら」
「……ヒキョーだろ、マンガ家なのに」
「卑怯? 落ち目って突然ふっかけてくるほうが、卑怯じゃねーの?」
「……」

 メモ用紙を見る。その人のルフィアは、さすがにうまかった。
 そっくりなだけじゃなくて、くやしいけどイキイキしてる。

 オレはワンピース大好きなのに、麦わららしきものをかぶった小僧らしきもの、になってしまった。というより、人間に見えない。
 我ながら、ひどいなコレ。

「これが鍛えてきた人間の力だよ。キミがもしマンガ家を目指してみれば、その過酷さがわかる。画力に加えて、キャラやストーリーをイチから生み出すんだからなー」
「そ、それはマンガ家なら、出来て当たり前なんじゃ」
「出来て当たり前、か。その当たり前が出来るために、どれだけ努力したかってこと。そっちがズブの素人で子供だとわかってて、あえて勝負した。俺だってはじめは、何も描けなかったんだからなー。今の君みたいに」
「……」
「いいか。真剣に生きてるひとは、皆同じなんだ。給料安くても、落ち目でも。クリエイターでも、他の仕事でも。若くても、歳でも」
「……」
「努力してる人間にからんでくるキミは、かっこ悪いだろ」
 ほんとにその通りなんだけど、素直にそれを認めたくなかった。

 なんとか捨てゼリフをひねり出そうとしていたとき、ボサボサ頭がニヤッと笑った。
「なんてね」
「え?」
「オレらも通ってきた道だ。思春期ボーイ」
「思春……」
「今のうだつあがらんオレなら越えられそう、とか思った?」
「い、いえ……」
 オレ、そんなこと無意識で思ってたんだろうか。
 思わず、下を向いてしまう。
「ブルーレッドスカイはけっこう人気があったぞ。今流行ってたらキミは『これおもしれー』とか、友達と盛り上がってるんだろうな」
「……」
 正直、小学生の頃、友達とそう言ってた。

「オレは思春期の時でも、親以外の大人にイヤミは吐かなかったけどなー?」
 アッハハ、と大口をあけて漫画家は笑った。
「まあ、大人をこえたいという焦りをこえられるように頑張りな、松が丈一中生」
 そう言って、漫画家は扉から出ていった。

 汗くさい残り香。
 風呂にも入らないで、ああやって毎日没頭してるのか。

「……」
 オレはすっかり忘れてた。友達から借りたブルーレッドスカイで盛り上がってた小学時代を。

 同じ作者なのに、はやってるときと落ちたときと、まるで見る目がちがう自分。

 ぼうっと座っていると、一番はじの席に誰かが座った。
 よっこいしょという声から、老人のように聞こえる。でも自分にはそれしかわからない。本をめくる音が聞えても、何を読んでるかなんて検討もつかない。

 あのボサボサ頭は、オレを声だけでどんなやつかあててしまった。
 売れてなくてもこれがクリエイターの能力、ってやつなのか? どんだけ鋭いの?
 
「もしそのひとのゲームがヒットしたら……」

 いやー、売れっ子のはやっぱり面白いわ、とか友達に言うんだろうなオレ。

 漫画家としてバカにした過去を、こっそり隠して。

 自分の体も、自分でにおうほど汗をかいていた。額のじっとりを手でぬぐう。
「……きっと」
 オレは大人になっても、出世しなさそうだ。成績も運動も顔も、ほんとに悪い。

 でも、真剣に生きてる人は皆同じ、か。

 なんかこんな早くから、人生の正解聞いちゃったのかも。
 将来、頑張る大人にはなるか。せめて。
 
 メモ用紙に描かれたルフィア。今そこから飛び出して、自分に満面の笑みを向けている。





※作品中に出てくる固有名詞や地名はすべてフィクションです。
ワンピース、はもちろん少年ジャンプのONE PIECEをもとにしていますが、地元出身漫画家の存在やマンガ名などは完全に創作です。
検索はかけましたが似た作品名のマンガは今のところないようです。






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