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昔のおはなし

18歳の頃の私がただ本が好きだという理由だけで文を書き、やっと少しお話のようにある程度の形にまとめることができた文章を載せたいと思います。

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「星の下を歩く」

 僕は歩く。とてつもなく長い一本道を。昼も夜も、休むことなく。たくさん出会ってたくさん別れて、泣いて笑って、転んで飛んで、それでも歩く。でもさすがにちょっと疲れたんだ。立ち止まってしばし休憩してもいいだろうか。

 「そこで何をしているの?」

風のように爽やかな声にふいに頬をなでられ僕は目覚めた。まだ路肩の草原で寝始めてから1時間も経っていない。僕は目を閉じたまま悶々としていた。寝起きの僕は機嫌が悪い。

 「休憩。」

とぶっきらぼうに応えた。こうすればこれ以上煩わされることはないだろうと考えたからだ。けれど予想とは反対に、

 「じゃああたしも寝よっと。」

と声がしたかと思いきや、お腹のうえにどさっと何かが降ってきた。


 「!?」

驚いた僕は重い頭をもたげて自分の腹部を見た。そしてさらに驚いた。そこには一匹の白いうさぎがいたのだ。否、うさぎしかいなかったのだ。僕に話しかけたのはこのうさぎなのだろうか。僕は生まれてからこれまでうさぎと言葉をかわしたことなど一度もない。


 「ちょっと、、、。」

戸惑いながら声を発してみた。けれど草が風にそよぐ音しか聞こえない。白うさぎは依然、僕のお腹のうえだ。なんだ、夢だったのか、と思い直して再び眠りにはいることにした。今度は夢なんか見ないくらい深い眠りについてやるぞと意気込みながら目を閉じた。なんだかお腹のうえのうさぎのぬくもりが心地よく、すぐに意識は深い深い宇宙をのらりくらりと彷徨いはじめた。

 再び目を開けた時には白うさぎはいなくなっていた。太陽もいなくなっていた。僕は再びひとりぼっちで歩き出した。不思議な夢は無心で歩く内にすぐ忘れてしまった。今は、無数の星達が各々の明るさで自由に輝く空を眺めるのが楽しくって仕方がない。

 「ねえ、あなたはどこに向かっているの?」

またあの声だった。どこから聞こえているのか耳を澄ましてもわからなかった。なんだか耳に直接響いてくるみたいだ。


 「僕は向かっているんじゃない、歩いているんだ。それより姿を見せてくれよ。僕は少し寂しい気持ちになっていたんだ。歩きながら話そう。」


僕は誰かと話したい気分だったので、あたりを見回しながら言った。


 「あら、あなたは何もわかっていないのね。」


 「ああ、僕は何もわかっていない、だから歩いているんだ。いいから姿を見せてくれよ。」


 「ふふふ。そうね、何もわかっていないわ。だってあなたはわたしの姿を十分すぎるくらい見つめているじゃない。」


 「何だって言うんだ。僕が今見つめているのは満天の星々さ。君は昼も僕に話しかけたくせに、姿を見せずに消えただろう。そんな謎掛けはよしてくれよ。」


 「まったく、ものわかりがよろしくないのねえ。あなたのお腹のうえでお昼寝するのはとっても心地よかったわ。とでも言えばわかってくれるのかしら。」 


僕はもう驚くことをやめていたので真顔で納得した。声がどこから聞こえてくるのかはまだわからない。


「とすると、やっぱり君はあの白ウサギ。」

「ご名答。ではご褒美に姿を見せて進ぜましょう。オリオン座の南を見て、わたしはそこにいる。」

 「ちょっと待ってくれ、僕は星には詳しくないが、君はまさかうさぎ座か何かっていうのかい。」

驚くのをやめた僕だったがさすがにこれには顔をゆがめてしまった。 

 「これまた、ご名答。褒めて使わしましょう。わたしは神話の時代よりずっとオリオン座の側におわしますうさぎ座でございますの。」

気品あふれる声だった。それでいて、話しているだけで側に寄り添いたくなるような甘い雰囲気も備えている不思議な声だ。

 「どうして僕に話しかけたんだい。君はそうやっていつもその甘い声で旅人をからかって暇つぶしでもしているのかい。」

 「失礼ね。わたしはあなたに用があるから話しかけているのよ。星だっていろいろやることがあって案外忙しいのよ?」

 「用?」

僕はここまでの道のりで知らぬ間にうさぎ座に用を頼まれる程立派になったのだろうか。


 「そう、用よ。その前にわたしが星座になるに至った経緯を説明しなければならい。長いけど、いいわよね。」


僕はうさぎの話に集中しようと、歩みを止めて腰掛けられそうな石を探した。そんな僕の様子を見て

 「歩みを止めちゃだめだわ。あなたは少し遅れてるくらいなんだから、歩きながら聞いてちょうだい。」

とうさぎは不思議なことを言ってきた。僕は言われるがままに前方にあるうさぎ座の方を見つめながら歩き続けた。うさぎは自分の生い立ちを話し始めたのだが、要約するとこうだ。

 むかしむかし、ギリシャのドデカネス諸島のひとつであるレロス島という島があった。ギリシャは野うさぎを食べる習慣があるのだが不幸なことにレロス島には野うさぎがいなかった。そこで人々は妊娠したうさぎを数羽連れてき、島の皆がそれを増やしにかかった。すると今度は野うさぎが増えすぎたせいで作物が荒らされ、飢餓が広がり人口が減ってしまった。そこで人々はうさぎを撲滅したのだった。その時人間に殺されかけたうさぎが一匹、夜の闇へと逃げ去った。そのまま空までかけていくと、そのままうさぎ座となったのだ。

「そんなことがあったのか。人間の身勝手さを許してくれ、僕が代わりに謝るよ。この通りだ。」

僕は心が泣くのに任せて瞳から大粒の涙をながした。なんだか、周りの空気が僕を優しく包容し、なぐさめてくれている感じがした。

 「過去はもういいのよ。ありがとう。あなたが心優しい青年だってわたしわかっていたの。だから、この件を頼むのよ。いい?よく聞いてちょうだい。」

 「きみへの罪滅ぼしになるのなら何だってするよ、言っておくれ。」

 「ふふふ、優しいひと。この調子でいけば明日の夕方くらいにあなたが着く村があるのだけれど、そこでわたしの兄弟達がまた私達と同じ目にあっている。あなたに、そのうちの一羽をわたしの元に連れてきてほしいの。」

 「わかった。けれど一羽でいいのかい?つれて来れるだけ連れてきた方がいいのでは?」

 「一羽でいいのよ。」

あまりにもはっきりと断定されたので、一羽を連れてくることが1番正しいことの様に感じられた。そしてそのまま永遠に思われた夜はあけて、うさぎ座はもう僕に語りかけてこなかった。

 僕は夕方着いた村でうさぎに言われた通り、一羽だけ真っ白な野うさぎをもらってきて腕に大切に抱いてまた歩き始めた。うさぎがあふれてしまっている村からうさぎを貰うことは予想以上に簡単で、村の皆がもっと持っていけとむしろせがんできた。

 そして、夜も深まりまた星々が輝き始めた頃僕は空に向って声をかけた。


 「うさぎ座さん。きみの望み通り、一羽連れてきた。あの日見たきみの化身にそっくりの一羽だ。」


少し間をおいて、あの気品にあふれた甘い声が耳に直接聞こえてきた。

 「ありがとう、親切なひと。あなたはわたしにとても良くしてくれた。お腹に乗っても追い払ったりせず、頼み事だってこんなに見事に叶えてくれた。わたしはだから、他の人間に戒めます。他の生き物を、どんな出会いをも大切にしなさいということを。そのために毎晩、わたしは星座でいるのです。そして、新しい妹もその仕事を今晩からはじめるのです。」

 そううさぎ座が言い切った途端、腕の中のうさぎは夜空めがけてかけていき、そのままうさぎ座の隣にきれいに収まった。無数にある星々の中でもなぜか僕には二羽のうさぎだけがはっきりと見えた。気高い小さな命が一生懸命輝く姿はとても儚く美しい。

 「ありがとう、大切なひと。寂しくなったらいつでも夜空をみあげなさい。」

 だから歩き終わった今でも僕は天気のいい日には、満天の星空を眺めながら二羽のうさぎに語りかけるのだった。あのすばらしい声はもう返ってくることがないけれど。


FIN

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拙い文章を最後まで読んでくださった方ありがとうございます。

よろしければ感想などお聞かせいただけたら幸いです。

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